2019_08
24
(Sat)23:11

Blue Jeans #15

若いその男は俺の予想通りに自らの名前をミノだと名乗ると、この服の持ち主の事をしきりにチャンミニヒョンと呼んだ。そしてそのチャンミニヒョンと連絡が付かない理由を知りたがり、経緯を知るであろう俺の腕を絶対に離そうともしなかった。
だが、今夜の仕事の前に自宅に戻る必要があった俺は仕方無しにミノを近くのコーヒーショップに誘おうとするも、それを彼は拒んだ。聞けばこのマンションにタクシーを使って来たが為に帰りの電車賃ぐらいしか持ち合わせていないと言って項垂れるのだ。噛み付く勢いかと思えばいきなり萎れて見せたりと、その姿はまるで大型犬が怒られた際の反省する様子に似ていてつい吹き出してしまう。
「詳しく話を聞きたいんだろ? じゃあ俺の一服に付き合ってよ」
萎れるミノの目の前に煙草の箱をちらつかせると、掴まれていた腕の力が抜けたのでその隙を見て颯爽と先を歩き出す。すると遅れて後ろから追ってくる気配があった。それはあの男の出会いの夜とダブり、不思議な既視感に囚われる。チャンミンと言うその呼び名をそう言えばまだ自分の口から発した事も無かったと思いながらも振り返る。
けれどそこには急に振り返った俺に驚いたのか、ミノが目を丸くして立ち止まっていた。
「…鹿じゃないな、やっぱり犬だな」
不躾な発言にも取られがちな俺のその言葉にもミノはただ目を丸くして突っ立っているだけで、その仕草から人の良さが伝わるようで思わずまた笑ってしまった。




結局、ミノに事情を説明し終える頃には灰皿に二本の吸い殻が並んでいた。一本目を吸いながら話した内容には適当の中に真実を幾つか織り交ぜ、嘘は吐かないようにした。ホストと言う商売柄で客からもあれこれと聞かれるが、言い難い事は濁して喋ると相手はそれ以上深入りをして来ない。気に入られたい相手に敢えて嫌われる要素を曝け出す真似はしないのだと俺はよく知っていた。
だがこのミノにはそれは通用しないと思い、後からバレるような嘘は避けて話す事を選んだ。チャンミンとは飲み屋で知り合った事、意気投合をしていく中で自宅へ招かれた事、共通の趣味に没頭するあまりに昨夜はお互いにスマホの電源まで切ってしまった事等。けれども面白い事に、詳しいキーワードを出さずにいる俺の会話にミノが時々口を挟んで話がより明確になっていった。例えば趣味の部分はミノの口から『ゲーム』と言う単語が飛び出し、俺が相槌を打つだけで話が具体的なものへと変わったり。
チャンミニヒョンを慕うミノのその純粋さがひしひしと伝わるだけに俺も慎重にならざる得なかったが、疑うという事を知らない真っ直ぐな瞳は終始輝きに満ち溢れて俺には眩しい程であった。
そうして一本目を吸い終えてそろそろ解放されてもいいだろうと思っていた俺の手を、ミノは何故か興奮した犬のように鼻息を荒くしながら掴み出した。そこからはもうミノの独演会となり、ひたすらチャンミニヒョンがいかに素晴らしいかを語り尽くしたのだ。一度だけミノに着信があり、席を外しているうちに俺は二本目の煙草をゆっくりと堪能した。要は交友関係の狭いチャンミニヒョンに出来た新しい友人の俺をミノはいたく歓迎したいらしかった。よって、いつまでも続くチャンミニヒョンの話にうんうん、と適当な相槌を打っているうちに親睦会の日程まで決まってしまい。挙句の果てにその連絡をチャンミニヒョンには俺がする事をミノが勧めたのだった。電源が切られていたら諦めると言う曇りのない好意に退路を絶たれ、渋々ながらミノを前にしてあの男へと電話を掛ける。すると呼び出しが始まって内心では厄介だと思った。しかしながら数回コール音が鳴り響いても男は出ない。部屋を後にした時、まだ気持ち良さそうに眠る姿を思い起こす。体も碌に拭いてやらずに放置をして来たなと、苦い思いが込み上げ始めた途端にコール音が途絶えた。
「…やっと出たな」
ミノに見られていると言う意識があって、ぎこちなさが逆に出てしまう。それが伝わるのか、男からは反応が返って来ない様子に焦る。それでも変な風に話すわけにもいかずに自然体を装って名前を呼べば明らかに電話口の反応が変わるのだ。
「チャンミン? 」
もう一度呼んでみると空気が震えるような吐息を含んで『あのっ…』と返される。チャンミン、それは今は駄目なやつだ。名前を呼んだだけで照れている様子なんて反則以外に何がある。どんな顔をして、何を言うんだと。
だからその後を断ち切るように俺が先に切り出した。そして何もかも純粋なミノに感化されたと思いたかった。それ程に用件だけを告げて切り終えた俺の胸はやたらと早鐘を打ち鳴らして煩かったのだ。
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