2019_08
24
(Sat)23:09

Blue Jeans #14

ふっ、と意識が浮上し。ぼんやり辺りを見渡すとまだそこが寝室である事に対して既視感を覚える。今日という日を迎えたのが二度目のようなあやふやな記憶。しかも何故だか体も頭もすっきりしない怠さ。
「ん、無い…」
手探りでシーツの上辺を撫で回しても目的のスマホが見当たらない。仕方無しに寝返りを打とうとするも体に布地が貼り付く違和感にはたと動きを止める。
思わず笑い返したのが悪かったのか。それとも一人で悦に入って男を置き去りにしてしまったのがまずかったのか。いずれにせよ僕の何かが男の機嫌を損ねたのだと思い返す。そうでなければ男はこんな風に僕を放置して行ったりしないのだと。
「あー…」
ようやく抜け落ちていた記憶の部分を取り戻した途端に、溜め息とも取れる長い息を吐いてしまう程にとにかく男はしつこかった。その上、全く優しさも無かった。イキたいと幾ら懇願しても聞く耳を持たずと言った感じに焦らしに焦らされまくった。いつ達したのかも覚えていないし、挙句にその後始末さえして貰えていない。
「…気持ち悪っ」
よく見ればあちこちに汚れが目立つシーツに今の今まで爆睡していた事に目眩がする。怠さを抱えた体と共に寝具を取り敢えず剥ぎ取り、洗濯機に突っ込んだ。
シャワーでさっぱりさせたら幾分か体の怠さも抜けた気がして、案の定あの時のままの状態を保つキッチンも一気に片付ける。数時間前まで向かい合わせで談笑したのが嘘のように、その跡形もなく全てを元に戻した。
その後、再び落とされていたスマホを起ち上げてミノへとコールする。ずっとミノの事は気掛かりだった、でもすぐに連絡をしなかったのは自分の中で物事を整理する時間が必要だと思ったからであり。仕事の用件さえ話してそれで済めばいいものだと安易に考えて電話をした。




「何で…」
通話を終えて開口一番にその言葉が漏れ出る。実際、まだミノとの会話の内容が頭の中をぐるぐると回っていて、思わず近くにあった椅子に腰掛けた。
何でミノが。口に出した言葉をもう一度頭の中で反芻する。仕事の電話をしたと言うのに途中からあの男の話題がミノの口から出て来たのには心底驚いた。そこから何を言われてどう返したのかも記憶が定かじゃない。ぼんやりと液晶の灯りが落ちたスマホをいつまでも見つめるしか出来ずにいると突然その画面に再び光が戻る。
「あ、…」
表示された名前を見留めた瞬間、勝手に逸る鼓動に戸惑う。どうしてこのタイミングで着信があるのだろうと。逡巡している間もコール音が鳴り響き、このまま取らずにいたら恐らく二度と電話が掛かって来ない気がし、そっとタップをして耳に押し当てた。
『…やっと出たな』
半ば呆れたような男の声が鼓膜に響く。数時間前まで会っていたのに、何ヶ月も聞いていなかったような懐かしさ。
『なぁ、聞こえてるんだよな? 何か言えよ、チャンミン』
男に自分の下の名前を告げたのは一度だけ。いまだに本名も伝える機会すらないけど、僕の記憶に残る限り男の口からはこれが初だと瞬時に思った。
電話口で一向に喋らない僕に対して男はもう一度名前を口にする。途端に何を言おうとしていたのかが一瞬にして消え、躊躇う間にもスマホに押し当てた耳だけが熱くなっていく。たかが名前、そう思う冷静な思考とは相反して鼓動の異常な速さに戸惑う。
「あの…っ」
やっと口から出た声が見事に震え、体が底から熱くなるような感覚にクラクラした。するとその続きを待たずに男の声が被さって聞こえる。
『時間無いから用件だけ言うな』
そして男は数日後に会おうと告げて通話を終わらせた。耳から離したスマホは熱を帯び、それ以上に火照る耳を僕は持て余していた。
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