2019_08
24
(Sat)23:07

Blue Jeans #11

気が向けば何品も作ったりするのは本当の話で嘘は吐いていない。だけどこんなに本格的なコース料理は自分の中でも稀な事だった。だから一食目から重たいだろうかと、男を盗み見れば次々に皿を空にしていく様子に、口元が勝手に緩み出してしまう。
料理に嵌っていけばいく程、器や皿まで凝りだして、気付いたら結構な品揃えになっていた。滅多に日の目を見ない物も幾つかあり、それを使う機会が得られたと思えばこの男との食事も意味を成すと、口の緩みの原因をそこへこじつける。そうでもしなければ今まであれだけ消極的だった他人との関わり合いの例外の理由が思い付かないのだから。
男が『旨い』と言う、ただそれだけの事がこんなにも僕を高揚させる。それがおかしいと、思うには思うけど何故そう感じるのかがよく分からないのだ。
「珈琲淹れますけどうちはブラックしかないんで、それでもいいですか?」
仕事に根詰める時なんかに色んな豆を取り揃えて気分転換を図る僕は、珈琲への拘りも半端ない。酸味や苦味を楽しみたくて厳選した豆のラインナップを眺めつつ、ミルクや砂糖なんか邪道でしょうと言えば男からは咳払いが返ってくる。
「じゃあ飲み易いブレンドにしておきますね。あと、今日は吸わないんですか」
あの容姿で普段はどんなのを口にしているんだろうと首を傾げついでに、ふと気付いた事も尋ねる事にした。昨日から男が煙草を咥える姿を僕は見ていない。
「あぁまぁ、貰ったやつは家に置いて来て」
男はそう言いながら『次来る機会があれば持ってくるさ』と僕の顔を意味深に眺めた。それは僕が誘わない限りこの男はもう来ない事を意味するのだろうか。
だけど僕の思考を遮るようにスマホの着信音が鳴り響き、手を伸ばしてそれを取ろうとするとふいっと男は視線を逸らしてしまう。一瞬躊躇ったものの、ディスプレイに表示されているのは通話を中断された昨日の相手。仕事の絡みもあるし、恐らく僕への心配もあっての連絡だろうと通話を受ける事にした。
「んぅっ、…いや何でもないちょっと手をぶつけて、大丈夫」
数分で終わらせるつもりでキッチンの片付けをしながらの会話に、男の気配がどこに移動していたかなんて気にも留めていなかった。後ろに回られる程長電話をしていた事に気付きもせず、無防備の背中を男の指が滑る。男に出会わなければここが性感帯だなんて知らずにいた箇所をぽつぽつと器用にうねって指が流れる。思わず息を詰めて震えを堪える事が何回かあっても男の悪戯は一向に止まない。それどころか触れる場所がどんどん際どい部分を辿り、流石にそれには僕も本気で抵抗をして防ごうとしたら更にその手を捻り上げられてしまう。
「っ痛…、…や、今度は肘、…あっ!」
こんな状況で、もういっそ電話を切ろうかと会話を強制的に終わらせる手段さえ先に読まれ、スピーカーモードに切り替えられたスマホを微妙な距離に放られる。その間に素早く男の手が僕の両手の自由を奪い、何をされるのだろうと背後の男を睨みつけるが、小声で『さっきの続きな』と僕だけに囁き掛けた。
「ミノっ悪い、また後で掛け直すからそっちで電話を切ってくれ…頼む…っ」
スピーカーからはミノの戸惑った声が漏れ出ていたけど、男の手が僕の股の膨らみを包み、いよいよ不味い状況だ。懇願するように電話を切れと叫んでいる間にも虚しく男の手によって再びスマホの表示は暗闇へと落とされていた。
「勝手に何してるんですかっ!」
抵抗をしたくても男の手に掴まれた腕はびくともせず、自由が利く脚を使って反撃を見せてもあっさりと腰を抱き寄せられてしまう。結局の所、僕だって本気で抵抗なんてする気が無いのを背中に張り付く男には見透かされているのだ。正直、途中からミノとの電話に集中なんて出来る気がしなかった。一度浴室でお預けを食らった体には二度目のあの囁きはかなりの毒で、耳から犯されたその甘い痺れは全身をゆっくりと回り出し。男の手による更なる刺激を待ち侘びて顕著に形を変えていた。男はそれを知っていて敢えて柔らかな刺激しか与えないようにしているのか、服の上からその輪郭をなぞるように指先を這わすだけ。
「焦らさないで下さい…っ」
本当に焦れる、そんな遊びみたいな手付き。僕はもうこの男の手管の上手さを知ってしまっているのに、こんなのは有り得ない。もどかしいしかないじゃないか。
「俺はさっきの続きをしてるつもりだけどなぁ…じゃあどうしたいんだ、ん?」
そんな誘うような不敵な笑みを見せられて、体温が一度上がる僕はどうかしてる。なのに頭と体の温度差はすぐに同じものになっていくのも僕はよく知ってしまっている。
「…キス、したい…っ」
言って、男の魅惑的な唇をなぞった。薄く開いた口からちらりと覗く控え目な赤い舌が望み以上のものを与える事を記憶と体が覚えている。その記憶の一部が脳裏を掠め、ぞわりと首筋に鳥肌が走り抜けていく。
「キスだけでいいのか…?」
唇に乗せた指が第一関節まで食まれ、しっとりとした湿地に包まれる感覚にじわりと体の芯が疼き出す。キスだけで足りるわけがない、こんなにも体が火照ってその熱を持て余している状況下でなんて。
「キスも、貴方も欲しい…」
男の膨らみそっと撫で上げ、自分のもそこに擦り付けた。服越しに伝わる硬さに自然と腰が揺れ、男が僕のその浅ましさに薄く笑っているのは分かったけどもうそんな羞恥よりもこの熱を分かち合いたくて必死だった。気付かぬうちにいつの間にか腕の拘束は解かれていて、自由になった手が勝手に男の下半身に伸びる。
「分かったから待ってって、やるよお前に全部欲しいだけ、な? だが俺は何もしない、…その意味が分かったら好きにしろ」
そう言い放った男は両手を僕から離し、後ろのシンクへと移す。だけど言われた事を僕は理解するのにそう時間は掛からず、男の服と下着を取り払って姿を現したものをそろそろと口に含んでいた。自分と同じ、男性を象徴するものだと、実際に味わう苦味も感触も勿論戸惑いが無かったわけじゃない。
それでも見上げた先に薄く笑みをたたえるあの男が、これを望んでいると思うと止まらなかった。口の中の熱が僕でこんなになっているその現実に酔いしれそうな程、無我夢中だった。
「今更で悪いが俺は口でイッた試しがないんだよなぁ」
男が言うようにいくら転がして口で扱いてみてもそれは最初と変わらずに同じ熱を保ち、いつ果てるのかも予測がつかないまま顎だけに疲労が蓄積する。
「諦めろ、な? 代わりに俺がしてやるから」
男が僕の口を外しながら優しく囁く。なんて甘美で素晴らしい誘惑だと、誰もが思うその申し出に僕は無意識のうちに首を横に振っていた。男はいささか不快そうに眉毛を釣り上げていたけど、僕にはそれを気にする余裕すら残っていないのだ。
「…挿れたいんです、貴方のは僕の中に」
溢れ出した本音を言葉にした瞬間、ずくんと芯の疼きが一層増した気がしたけれどそれはもう抑えられるものでもなく。じくじくと体の奥から灯る火を自分の手じゃどうにもならないのも、目の前の男もよく知っている筈だった。
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