2019_08
24
(Sat)23:06

Blue Jeans #10

鏡の中の俺が、したり顔でほくそ笑んでいる。男の時折見せる大胆な言動は計算してと言うよりも天然から来るものだと。おおよその性格は分析出来たが、ただ振り回されるだけで終わらせないのが俺だ。そうでなければあんな仕事を長く続けていけるわけがない。
「転がされっぱなしじゃあすぐに飽きられるからなぁ」
誰に問うでもなく呟きながら、男の残した赤い点をなぞる。こちらから無理を強いたつもりは無いのに自ら進んで吸い付いていたのが堪らなく可愛いと思えた。首まで登って来た時は流石に見える所は駄目だと言い聞かせれば素直に止めもした。その意味を男が理解しているかは定かだが。
誰にも縛られない、特別な存在を匂わせない、それが自分を売る商売においては暗黙のルール。故に俺自身も他人に執着をしない、特定の存在を作らないを徹底していた筈だった。好意を寄せてくる女性とは深くなる前できっちりと線を引き、遊ぶ相手とは妊娠だの結婚だのと煩く言われないように避妊も完璧を求めた。同性とも同様に俺なりの自己防衛の中で適当にやって来たと思うが、ここに来てその守りが明らかにぐらついている。
「ここで引き返すか…?」
鏡の中の自分に問い掛けても明確な答えが返ってくるわけもなく、諦めにも似た気持ちで男の待つリビングへ戻ると。遅い、料理が冷めると文句たらたらで席に促され、思わず口の端が緩んでしまう。
「何だかな、色々と意外で。面白いよな、お前って」
飽きる事無く、興味が薄れる事も無く、知れば知る程にその意外性に惹き込まれていく。もう遅いとは分かりつつもここで引き返すかまだ性懲りも無く考えてしまう。
「面白いとか、そんな評価よりも僕は目の前の食事が今は重要なんです」
どうぞ、と勧められて男に倣ってフォークとナイフを握る。ブランチにしてはプロ並みのフルコースが並び、本格的なレストランと違うのは料理が既に全て運ばれているのと、デザートが見当たらない点だけ。出来栄えもさる事ながら、どの料理からも食欲をそそる香りが立ち上っていた。
「普段からこんな?」
前菜と思しき皿を引き寄せ、円形に固められたカラフルな物体をひと掬いして口に運ぶ。口当たりが滑らかなタルタルが最初に来て、それからスモークされたサーモンの香りが鼻に抜け。お飾り程度に添えられたキャビアには若干引いたが、とても庶民の口にも合う一品に安堵をした。
男は咀嚼をして飲み込むまでの一連をじいっとあの特徴的な瞳で見つめていたが、俺の口から旨いの一言が出るなりふわりと笑みを零す。
「流石に毎日はしませんよ、気が向いたら何品も作ったりはしますけど」
そう言いながらも明らかに上機嫌なのが見て取れる。男は一見無愛想に見えるが、実は分り易くて素直だ。こんなに綺麗な料理を作るくせに食べ方は意外と豪快で、今も大口を開けてメインの肉を放り込んでいたり。お世辞にも美しい所作とは程遠く、そのアンバランスさに口の端の緩みが全然抑えられなかった。
「面白いよ、ほんとに」
どこを噛んでも旨味しか味わえない、苦しくてもうこれ以上は食べられないと言える事があれば俺はこの男から離れられるだろうか。そう思う事すら引き返せない所まで来ている証拠なのだが。
関連記事
«  HOME  »

C.O.M.M.E.N.T

コメントの投稿

非公開コメント