Road -挨拶-
「来週末、俺も一緒にシム家に行ってもいいかな」とユノが言い出す。
「…いいけど、何で?」
ルームシェアを始めてから度々ユノを実家の帰省に誘った事があったのに、一度も一緒に行こうとしなかったから。つい、違和感があってそんな風に聞き返してしまう。
「こう言う関係になった事をちゃんとケジメとして、チャンミンの御両親に報告をする義務が俺にはあるから」と。
一瞬、ユノの言ってる事が全く理解出来なかった。
こう言う関係、ケジメ…?
「ちょっ、まって…え、!」
慌てて体を起こすと、昨夜また良いことをしていたそこをもろに晒してしまう。
まだ最後まではいたしていないけれど、ユノのお陰で後ろの方もかなり柔らかくなっている筈。
だからもうすぐその時が来ても大丈夫だ、なんて思っていた矢先…って!
「はぁ!?この関係を!?」
いや駄目だ、こんな事になっているなんて両親に知られたら絶対に同棲を解消させられるに決まってる!
ルームシェアと同棲の響きは全然違うんだ!!
ガバッと布団から飛び起きた僕の視界に、ふとユノの彫刻のような裸体が映り込む。
そしてその一部が緩やかな隆起を見せていた。
「………」
僕のじと、っとした視線に気付いたユノは。少し罰が悪そうに「良い眺めだったから」と照れ笑いをするので、力が一気に抜けてへなへなとその場にへたり込んだ。
後で着替えてからユノはちゃんと両親とのいきさつを僕に話してくれたんだけど。
それを聞いて遂に立ち眩みを起こす事になってしまう。
────チャンミンに一緒に暮らす提案をした後、俺の両親と。あと、シム家のおじさんとおばさんに自分が抱くチャンミンへの気持ちを伝えて、それでも同棲を許して貰えるかって頭は下げてある。
だなんて…
僕だけが知らなかったって事に、なるよなぁ……
「なんで母さん…僕に黙ってたの」
付け合わせの葉物を千切りながらこの遣る瀬無い想いを母にぶつけてしまう。
「やぁね、私が言ったらユノ君の立場が無くなるじゃない。それにもし私がこっそりチャンミンにユノ君の想いを教えてたら貴方、意識して勉強どころじゃなかったでしょう?」
「う、…それはそうなんだけどさぁ」
「それよりもほら見てあの二人、お父さんなんてまるで娘に彼氏を取れたみたいに萎れて、可笑しいわねぇ」
母さん、面白がってるけどそれ、あながち間違っては無いと思うよ。と、声に出さずに思っていたら。
すかさずに母さんの口からは「愛息子の彼氏がどこぞの馬の骨でも無いから更に複雑なのかしら、ふふ」と案外ちゃんと分かっていてこの状況を楽しんでいた。
母なるものは思っている以上に図太くて強いのかもしれない。
「よく父さんが反対しなかったよ、僕とユノが一緒に住むって言い出した時」
「あら。したわよ勿論。でも私から言われた事が効いたのね。”貴方だってチャンミンの事を考えて生涯独身を通しても良かった筈なのに、早々に私と結婚したんじゃなかった?”ってね」
「………っ、」
「お父さんも今のチャンミンみたいに何も言えなくなってたわ」
ふふふって、愛らしく可憐に笑う割に言ってる事がかなりキツイ。
父さん、ごめんよ…僕の所為で。
「それにね、彼はっきりと言ったのよ。”この想いは、いっときの迷いじゃ決してありませんから”って。あの真剣なユノ君を見たら私も信じてあげようって思ったわ。恐らくお父さんも同じ気持ちだったわよ」
「ユノがそんな…っ…?」
「だからそんな顔しないの、彼の気持ちにちゃんと真剣に向き合っているんならもっと胸張っていいのよチャンミン」
「母さん、…有難う」
僕は傍らに立つ母をぎゅっと抱き締めた。
「チャンミンも大きくなったわね。すっかり身長差が出来て大人っぽくなったし」
「…ねぇ母さん」
「なぁに?」
「昔、僕の小さい頃のアルバムを見ながら言った事を覚えてる…?小さな僕にも会いたかったって愛おしげにその写真を撫でてくれたよね」
「……そうね」
「もし、今、僕の弟か妹が出来たら。充分な愛情を持って可愛いがってあげられると思うんだ」
「チャンミン…」
「小さな兄弟に僕も会いたいよ」
母さんは近頃よく涙を見せるようになった。
いやね、歳の所為かしらなんて誤魔化すけれど。母さんはまだ充分若い。
「僕にはもう母さんに赤ちゃんを抱っこさせてあげられないと思う、だから…」
申し訳ないと思う気持ちが無いわけじゃない。
でもそれ以上に守るべき、貫くべき愛を僕は掴んでしまったから。
謝らないと決めたんだ。母さんが言うようにユノとの事を真剣に考えて行くなら、自分達の想いを決して否定したりはしないと。
「…チャンミン。貴方に出会えた私は幸せ者ね」
微笑む母の目からひと粒の涙がこぼれ落ちていく。
それはまるでこれからの未来を映すように。
キラキラと輝いて僕の目には見えた。
お酒が入った父さんはとても上機嫌になり、昔みたいにユノとも本当の家族のように戻って楽しそうにしていた。
だから少しいつもより飲み過ぎたのだと母さんは笑って僕等を見送る。
「お父さんも二人が改まって来るから、朝からずっと緊張していたのよ。でも良かったわ、ユノ君と前みたいに話せて嬉しかったんでしょうね」
「父さん、…そうだったんだ」
いつもキチンとしているイメージの父さんが、今日はソファーでだらしなく寝入ってしまっている。
そんな姿を僕は初めて見て驚いたけれど、父さんは父さんなりに葛藤を抱いて今日を迎えてくれていたんだと知る。
「こんな時間になっちゃってごめんなさいね。泊めてあげられないのが心苦しいけど、まだお父さんに多くの事は受け入れらないと思うから、ね?」
すりっ、と。母さんの手が僕の頬に触れる。
強張っていた顔をあやすような手付きで撫で下される指。
「うん、分かってる…大丈夫」
母さんの華奢な指をそっと押さえて、その温もりに浸る。
「そうね。心配は要らないわよね、私達は家族だもの。でもね、ユノ君」
僕の頬を両手で包み直した母さんはユノの名前を呼んでとても柔らかな笑みを向ける。
「はい」
「どうかチャンミンの事を宜しくお願いします。貴方にとっても掛け替えのない存在なのは分かるわ。でもね、私達夫婦にとってもチャンミンは愛しい自慢の息子である事を、忘れずに心に留めておいて欲しいのよ」
この母は顔に似合わず言う事はやはり厳しい。
隣に立つユノも背筋を伸ばして深く頷きを返していた。
「けれど貴方ももう私達の自慢の息子よ?だからいつでもうちにいらっしゃい、チャンミンにも負けない手料理で歓迎をしてあげるから」
ふふっと愛らしく笑う母さんに、僕はまだまだ敵わないなと思った。
「有難う御座います、お母さん」
ユノは僕と母さん毎、その腕に抱き締めると。
母の事を”お母さん”と初めて呼んだ。
「やだっ…ちょっとぉ、心の準備がっ…こんなかっこいい息子にそんな風に言われたらっ」
突然呼び方を変えられ、物凄くタジタジと照れる母さんはまさに乙女そのものだったけど。
結局、母さんよりもユノの方が上手だった気がする。
あんなに頬を上気させた母さんなんて……
「この人タラシ…っ!」
隣を歩くユノを肩で押すと、押した肩を逆に引き寄せられてしまう。
「自分の母親に妬いてる?」
ん?と。甘い顔で問われたら、悔しいけど、僕以外の人にまでそんな顔を見せて欲しくないって口からついて出そうになるじゃないか。
「妬いた妬いたすっっごく妬きました!…っ、、」
気持ちを隠す事なく嫉妬の想いを半分投げやりに吐き出せば、グッと距離を詰めたユノに息が詰まる。
僕等のアパートはもうすぐそこだけど。
ここはまだ人も車も行き交う道なのに。
「…ッ、、」
いきなり舌が絡むキスを仕掛けられる。
電柱の近くで幸いだったと思っていた矢先、二人の脇を自転車が通過して行く。
「…っ、、ユノッ!」
胸をなんとか押しやって空いた隙間に夜の空気が忍び込む。
月夜に照らされて立つユノはその顔を半分だけ隠して僕をじっと見つめる。
射るような瞳、赤く濡れそぼる唇、そのどちらも僕の目には扇情的に映ってしまう。
「…チャンミン」
ユノの欲情がありありと伝わる響きに。
届いた鼓膜は震え、背筋は粟立つ。
「帰ろう」
引かれたユノの手は燃えるような熱さで、僕の体の芯にまで飛び火するようで…


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