Road -ギャップ-
僕にとっては軽いキスさえも初めての経験。
しかも今までずっと友達だと思っていたユノがその相手なのだから、頭と体は常にパニック状態。
だけど、ユノはそんな僕を愛おしげに扱ってくれる。
「…っ、…ん…っ、、」
鼻から抜けるやたらと甘い自分の声に戸惑った。
でもユノは何もかもが初めての僕を慮ってか、とても優しく丁寧に舌を絡めてくれる。
お陰で少しだけ怖いと思っていた気持ちもすぐに心地良さに塗り替えられていく。
「チャンミンの舌、思ったよりも柔らかいな…」
ユノから与えられる舌先への愛撫にとろりと蕩ける心地良さにたゆたっていたら、それがゆっくりと口から抜け出て行く。
そしてふやけた視界に映り込むユノは見たこともない程に甘い顔で僕を見ていた。
「もっと、、硬いと思ってた?」
ユノの呟きは、どんなに僕とこう言う関係になるのを望んでいたのかを知らせるものだ。
でも、当の本人はそれを無自覚に口にしてしまったようで、僕の聞き返しに少しだけ罰が悪そうに、あぁ、と笑う。
「頭の中で思い描いていたチャンミンよりもずっと本物は柔らかくて、甘くて、正直壊れそうで怖い」
僕からしたら全然そうは見えないのに、ユノも同じように余裕がない事を知ってじわりと胸に愛おしさが広がる。
「ユノも僕が考えていたよりも凄く優しくしてくれるよ」
言った言葉に裏は全く無い。
素直にそう思った事を口にしたまでなのに、途端にユノは顔を歪めて僕を哀しそうに見つめるのだ。
そして、そのまま僕に衝撃的な事を告げる。
「…ごめんな。これからは優しく出来ない時があるかもしれない、俺も男だから」
そう呟いてユノはちらりと雄の顔を少し覗かせ、一瞬だけ掠め取るようなキスをして僕の体を包み込む。
「それが嫌なら逃げろ。この腕の中から」
ダンスで鍛えた逞しい腕に力が籠る。
まるで捕らえて離さないとばかりに。
だから僕はそのまま大人しくそこに収まった。
ユノはそれを僕の答えであり、決心だと捉えたんだと思った。
だけどそれ以上の事を玄関ではして来なかったんだ。
「腹減ったな。今日は何?」
こんな関係になる以前から繰り返されて来た玄関でのいつもの会話に戻る。
でも会話の合間に見せるユノの表情はとても穏やかだ。
友達から、恋人へ。
確かにユノの中で変わった僕の立ち位置をその表情から汲み取れて内心では浮つく。
「寒いから鍋にしたんだ。冷蔵庫にあるもの全部入れたから味の方は保証出来ないけどね」
うん、と目を眇めるユノ。
僕が作った料理はどれも美味しいと嬉しい言葉を残して洗面所へと消えて行く。
残された僕の頬はほんのりと熱を持つ。
今までも散々、僕が作ったもの全てを美味しいと言ってくれていたけれど。
ユノを好きなんだと自覚した今、同じように褒めてもらえるだけでこんなに嬉しいことは無いと知る。
「…もっとちゃんと作ろうかな…」
熱くなった頬を押さえながら、脳裏に向日葵のように笑うユノを思い浮かべる。
あんな風に毎日ユノを喜ばせられたら、と。
なのにだ。
久し振りにユノがお弁当を忘れて大学に行ってしまったんだ。
僕は玄関にポツンと残されたそれを手に持つと、早めに家を出て自分の学部とは異なる経営学部を目指す事にした。
入学当初は初めてのアパート暮らしに二人してバタバタだったから、よくユノも忘れ物をして行く事は多々あって。
その都度、気付いた僕がスマホやら弁当などをわざわざ届けに行ったりとかはあったんだけど。
最近は生活に落ち着いてそんな事も少なくなっていたと思っていたのに。
「あの忘れ物番長め…」
よりによって僕が作ったお弁当を忘れるとはどう言う神経してるんだ?
昨日、ユノを喜ばせたいなんて思った僕が馬鹿みたいじゃないか!!
ユノの好物の卵焼きも結構上手く出来たってのに、、、
プリプリしながらユノの居るであろう学部を目指して突き進んでいると、不意に腕を掴まれてよろけてしまう。
「よう。どうしたこんな所まで」
「あ、」
よろけた僕を支える小さな体が誰だか分かった瞬間、咄嗟に身構える。
「くく、そんなに警戒すんな?取って食ったりしやしないさ。ユノヤを怒らせたくは無いからな」
「…すみません、ヒチョルさん」
しゅんと謝った僕の反応の何がツボったのか、ヒチョルさんは暫くニヤニヤと口の端を上げ続けていた。
僕は正直、この人の考えている事が全く理解出来ていない。
だからこそ会う度に過剰に警戒をしてしまうんだと思う。
聞く所によると、相当な秀才にもかかわらず、大事な時期になるとふらっと放浪の旅に出てしまうらしい。
だから数年連続留年を繰り返して、奇しくもユノはこの人と出会ってしまったのだ。
「あの…ヒチョルさん。ユノにこれを渡してくれませんか?」
どうせこの後の講義でヒチョルさんとユノは会うんだし、ここで頼めるならばとおずおずと僕はお弁当を手渡そうと試みた。
すると、ヒチョルさんはその包みを受け取ろうともせずに、ふむ、と顎に手を置いて一向に手を伸ばしてくれないのだ。
「あのぉ~・・」
「チャンミン。あのな、俺がここで受け取ってやってもいいが。それだとユノの意図する事を阻止した形になってしまう。だからやっぱり付いて来い」
「は?え、でも、、待ってください、えっ、、!?」
ずんずんと僕を引っ張るようにヒチョルさんは大股で歩き出す。
それでなくてもヒチョルさんは有名人で目立つと言うのに、小さいのが大きい僕なんかを引き連れているからやたらと注目の的だった。
「なぁ、どうして昨日の今日でユノがその弁当をわざと置いて行ったと思う?」
半ば引き摺られるように歩く途中で唐突にヒチョルさんがそんな事を聞いてくるので、僕は縺れないように必死に「そんなの知らないですよ!」とむくれた。
わざと、だと?!
ユノが意図的に置いて行ったみたいな言い方も。
そしてその理由を何故にヒチョルさんが知っているのかが少しだけ面白くない。
このヒチョルさんと接していると、ユノもよくキュヒョンに風当たりが強い所を見せて来たけれど、今となるとその気持ちが分かる気がしてしまう。
「その様子だと今までの忘れ物も、ただの忘れ物だと思い違いをしてるな」
「な……」
それはどういう意味か、と。問う前に僕の心臓が高鳴る。
遠くからでも分かるスタイルの良さ、そしてその周りだけ空気が他と違う人を見つけてしまう。
僕が名前を呼ぶよりも早く視界に入り込んで来たユノが強めの口調で「ヒョン!」と声を荒げた。
「おっとすまない。急ぐあまりにお前のチャンミンの手を。まぁ減るもんじゃないだろ」
僕もそこは気になっていたんだ。
ヒチョルさんに手を握られて注目を浴びまくっていたのは結構恥ずかしいものがあったから。
「そんなに怒るな、俺に弁当を手渡そうとしたのを拒んでやったというのに」
ふんっと小さい体を膨らませてヒチョルさんは大きなユノを窘める。
するとユノは途端に態度を改めて感謝しきりな風に変わるのだ。
なんだか更に面白くない。ユノはこの人に弱い気がして嫌なんだ。
「あの、ヒチョルさん。さっきの話ってどう言う意味なんですか?」
聞く事を聞いたらさっさと去ろうと決めていた。
「あ?…あぁ。ユノヤはな、チャンミンと大学でも会いたい時にわざと忘れ物をした振りをする癖がある。意外と可愛い所があるだろう」
「ヒョンっ!!」
「たまには真実を打ち明けるのもエッセンスの一つだ」
ニヤリと笑うやいなやヒチョルさんは僕等を置き去りにしてスタスタと講堂の中へと消えてしまう。
残されたユノはと言うと。
天を仰いでいた。
「…そうだったんだ。全然気付かなかったけど」
「あぁ、、」
くぐもった返事に困惑の色が伺える。
顔を覆うあの綺麗な指の隙間から、真っ赤な肌が覗く。
「あのさ。今日は駄目だけど、今度時間ある時に一緒にお弁当食べたらどうかな…?」
その提案にユノはコクコクと声なく頷いた。
勿論、顔はまだ覆ったままで。

自分の受ける講義にギリギリ滑り込んだ僕を、キュヒョンは訝しげに見て。
「色々漏らしてるのもどうかと思うぞ?」と呟いた。
漏れてる…か。
仕方ない、あんなユノに惹かれないわけがないじゃないか。

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