Road -手料理-

「なぁ…手伝おうか?」
初めから戦力になる筈なんてないと分かりつつも聞かずにはいられない程、キッチンに立つチャンミンは相当悪戦苦闘していた。
「有難う、でも大丈夫だから」
「そっか、分かった」
「うん、ごめん」
「いや、別にいいんだけど。じゃあもしかして俺がここに居ると気が散ったりするもの?」
恐る恐る尋ねたら、チャンミンは一瞬キョトンとしてすぐ首をふるりと横に振る。
あ、見てるのはいいのか?
それならと、早速許しを得た俺は極力邪魔にならないように。
キッチンカウンターにダイニングの椅子を移動させてチャンミンの様子を見守る事にした。
「ところで何作ってんの?」
「ん~、ハッシュドビーフだけど。上手く出来るかなぁ…」
自信なさげに呟く通りに、フライパンの中の練り物をさっきから捏ねくり回しているその手付きはまだまだ覚束ないように見える。
「それって結構手間が掛かるってやつ?」
「うん。割とね」
「…ふぅん、そうなんだ」
俺にはさっぱり分からない世界だけどなぁとカウンターに肘をついてその様子を眺める。
今日は土曜日だけどチャンミンのご両親は用事で揃って夜まで帰らない予定で出ていた。
俺は元々週明けのテスト勉強の為に土日は外出しないつもりだったし、チャンミンも特に予定は無かったみたいで。
昼ご飯はチャンミンのお母さんが用意してくれた軽食で済ませて。
さて夜はどうするかと二人で相談した時にいきなりチャンミンの口から「僕が作る」と飛び出したのがこのキッチンでの格闘の始まりだった。
「料理って楽しい?」
「う~ん、多分。もう少し手際良く出来るようになれば面白くなると思うけど」
「ふぅん」
料理が全く出来ない俺からしたら包丁の使い方はとても上手く見えるのに。
チャンミンとしてはまだ上を目指すつもりでいるんだと心底感心をした。
あれ以来、週末になるとチャンミンが母親と時間の合う日なんかに二人でキッチンに立つ姿を時々見かけたりしてたけど。
この短期間での上達ぶりから察すると…
もしかしたら俺がダンスの練習で遅く帰る平日の夜辺りもやっていたのかもしれないんじゃないだろうかと考えた。
「ユノ君は見ていて楽しいの?」
落ちた眼鏡をずり上げながらチャンミンがこちらを不思議そうに見ていた。
少し小首を傾げる仕草が、着用している花柄のエプロンにマッチしてさながら新妻の雰囲気を醸し出す。
「あぁ、とっても新鮮で面白いよ」
俺の答えに対してチャンミンは少しはにかんで見せた。
だって瓶底眼鏡に寝癖全開の頭と、撫で肩に花柄のエプロンは絶対にアンバランスなのに。
それを何とも思わずに平然としているチャンミンの様子が見ていて飽きないからだ。
「最近、卵焼きは完璧に習得したんだ」
ふふん、と鼻歌混じりに今度作ってあげるよと自分の腕を自慢し出すチャンミン。
だったら今度のダンスの大会に持って行く弁当をお願いをしてみたら急に不安げな表情に変わって、そのコロコロと変わる顔色に思わず吹き出す。
暫くはそうしてチャンミンが料理をするのを眺めていたけれど、テスト勉強はいいのかと、不意に聞かれて本来の休みの目的を思い出した。
「僕もあと煮込むだけだからこっちでやろうと思うんだけど」
「煮込む時間ってどのくらい?」
「2時間くらいかな」
ふむと思う。
俺が集中して勉強するにはそのぐらいの時間が最適であって、ダラダラと長く続けるのは性に合わない。
「じゃあ俺もこっちでやる」
その返答に対して、ふふ、とチャンミンは口角を上げて笑う。
初めからそうするだろうと予想していたような笑いだった。
「良かった。ユノ君と勉強すると効率的なんだよね。じゃあ現代文宜しく」
「同感。俺は数学を宜しく」
二人同時にサムズアップ。
外見も性格も正反対のチャンミンと俺は頭の中も作りが正反対に出来ているようで、お互いの得意分野が綺麗に被らないのだ。
それぞれに苦手な所は教え合おうと先に誓いを立ててから広めのダイニングテーブルに席を並べて座ると。
早速、俺の横からカリカリと小気味良いシャープペンシルの滑る音が聞こえて俄然やる気になった。
「今回のテストは負けないからな」
ふと、手を止めたチャンミンは俺の宣誓に対して目の奥に小さな火を灯す。
「望むところだよ」
腕っ節では俺に敵わないチャンミンでも、勉強に関しては俺よりも秀でるものがあるのだ。
見た目を裏切らずに入学当初から好成績を保持しているらしい。
それに比べて俺は良くも悪くもまずまずの成績でこの三年間を過ごして来た。
勉強する暇があるなら少しでもダンスの練習をして上手くなりたいと思っていた。
だから実際ちゃんと勉強をしてテストに臨んだ事なんて無かったわけで。
しかしそれが最近ではチャンミンとの差も拮抗しているのだ。
シム家に居候するようになってからは苦手分野を近くに居るチャンミンに聞けるからだった。
「なんて意気込んでも、全部チャンミンのお陰なんだけどな。サンキュ」
コツ、と。シャープペンシルをギュッと握り締めたチャンミンの丸い手に拳をかち合わせると、ノートから顔を上げたチャンミンはむず痒いような変な表情を見せたのち。
ふにゃりと笑った。
その瞬間、俺の背筋はぞわりと何かおかしな感覚が確実に走り抜けて行った。
だから思わずぶるっと震えて「キモ」と呟いたら、拳骨を思いっきりくらい。
「うっさい、、!」と、チャンミンがわなわなと赤い顔をして。
「絶対に勝つ、そして圧勝して泣かす」と叫んだ。
俺は顔に似合わずに時々強気な発言を落とすそんなチャンミンを揶揄うのがとても楽しかった。
「はぁ、もう限界」
2時間きっちりと勉強に打ち込んだ俺は、フル回転させた脳を休ませる意味でリビングのソファーに溶けるように体を沈めた。
「おやつにしようか」
「賛成」
手は挙げたものの、体はソファーと同化して動けない俺の様子に遠くからくすくすと笑う声が響く。
「すっかり馴染んだね、うちに」
「お陰様ですっかり馴染ませて貰ってます」
来た時は借りて来た猫みたいだったのに、と。余計なその一言に「うっさい」と、今度は俺がチャンミンと同じ台詞を吐いた。
「今じゃ太々しい猫に成り下がったってか?」
「いや、ごめん。そうじゃなくて。最初の頃はユノ君がうちに居るのが本当に不思議だったんだ。あのユノ君が僕の家のご飯を食べてるって変な感じでさ」
そう言ってチャンミンは持って来たお菓子を俺に手渡してから隣に腰を下ろした。
その横顔が勉強に集中している時のあの真面目さとはかけ離れた穏やかな顔で、俺は毒気を抜かれる。
「そう言えば初日は結構緊張した筈なのに、チャンミンのお母さんの手料理が美味くて図々しくお代わりしたんだよな」
元々、人見知りとかはしないタイプの俺でも他人の家で生活を始めるのはやはり緊張感があるもので、初日はかなり気を張っていたと思う。
でも初めて揃って食べた夕飯があまりにも美味くて確か二回もお代わりをした気がする。
「…ん?あの時って確か、ビーフシチューっぽいのじゃなかったっけ?」
「うん」
「やっぱり!?うわっ、すっかり忘れてた」
美味しいって思った記憶は鮮明に残ってるのに、何を食べたのかは曖昧だなんて。
「だからユノ君に作るなら一番最初はビーフシチューにしようって決めてたんだ。でも母さん程上手には出来ないだろうから今日はハッシュドビーフにしたんだけどね」
その違いが俺にはよく分からないけど、確実にじんっとキタ。
「…チャンミン、お前」
「あ。また泣きそう?ふふ」
「な!ばかっ、泣いてない!!」
あぁ、もう。
子憎たらしけどなんて友達想いの奴なんだ、、!
そんな風に感極まったら、ソファーに押し倒してそのひょろりとした体をぎゅうぎゅうと抱き締めていた。
なんかもう、ほんと。
お前ってさぁ…
じっくり煮込んで出来上がったチャンミン特製のハッシュドビーフは、少しルウが硬めで、そしてちょっぴり薄味の優しい料理だった。
「お代わり」
「また?無理しないでいいんだよ」
「いや、お代わり!」
俺はその日、三回もお代わりをした。
薄味な分そのくらいが丁度いいんだと思いながら。
そんな俺をチャンミンは苦笑いしながらも嬉しそうだった。
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