My Fair Lady #56

キュヒョナとの一件があって以来、ヒチョルのお店にユノは僕を連れて行かない気がしていたんだけど。
「今日の夜はヒョンの店でいいか」
普段、僕が”Haven”での仕事が入ってる場合なんかだと夕飯はユノの手料理を食べる事が多くて。
こうして僕のたまの休みになると外に出て食事をしようとユノは誘ってくれるんだ。
ヒチョルの話だとユノは少なくとも一週間に一度は店に食事をしに来るって言ってた筈なのに、前回食べに行った日から一週間以上日が空いてしまっている。
何かキッカケがあるとしたら、キュヒョナとの一件しかない訳で…
「あ、ハイ。いいですね、僕もそろそろ行きたかったかな」
意識し過ぎてぎこちなく返事をしたのがかえって気不味い。
「あぁ。…久し振りにな」
ほら、ユノもやっぱり心の底から行きたいって感じじゃないし。
でもヒチョルとの、付き合いか…
それだけユノにとってヒチョルの存在が大きいって表れだと分かるけど。
「やぁやぁやぁ!久々だなぁ」
決してヒチョルに他意は無いんだと分かっているけど、心の中で「すみません僕のせいで」と思ってしまう。
店内へと案内をされて思わず僕は感嘆の声を上げた。
「わぁ、、」
「結構ムーディーだろ?」
ウィンクをかまして得意げなヒチョルに首を激しく縦に振って同意した。
夜にヒチョルの店に来たのは今回が初めてで、その雰囲気の違いに驚いたんだ。
昼のランチタイムは圧倒的に女性客が占めるのに対して、夜になるとがらりと客層が変わっている。
主に男女でひと組という構成が多く、年齢層も老夫婦から仕事帰りの恋人同士まで多様だった。
「オイルランプを置くだけで印象が変わるから不思議だよな」
「あ、そっか、それが違うんですね」
昼には無いものが夜になって追加された物、それがテーブル毎に置かれたオイルランプだとヒチョルから言われて気付く。
「料理の見栄えは良くないかもしれないけど、仄暗い中で食事をするのも乙なもんでね。割と好評なんだ」
確かに、昼の明るさいっぱいの爽やかなカフェでは開放感があって女子達のランチタイムにぴったりだったけれど。
今のこの店は隣のテーブル席さえ遠く感じるような不思議な錯覚に陥る。
「良く見えるのは向かいに座ってる相手の顔だけ、だから大人数での予約はなかなか入らないのが難点なんだけどさぁ」
そう言うヒチョルからメニュー表を渡されて値段を見ると、コースも単品もそれなりの値段だった。
「言っても採算は取れてるんだろ」
今の今までずっと静かにしていたユノが口を開くと。
「そりゃ勿論」と、ニッと口の端を上げてヒチョルが笑う。
昼はサラサラの髪の毛をそのまま下ろして私服のままで接客をする自然体なヒチョルが。
夜の部では髪をワックスでセットして、服装も白いYシャツと黒のギャルソンエプロンに身を固め直す。
「…格好いい」
僕の思わず出たその呟きにヒチョルはパッと花を咲かせて一瞬だけ綻んだのち、ユノをちらりと見てブッと吹き出す。
「ククッ、オーダー決まったらまた呼んで。じゃあごゆっくり」
ポンと僕の肩を叩いてヒチョルは他のテーブル席へと出向いて行った。
「僕、何か変な事言いました?」
向かいのユノにそう問うと素っ気なく「さぁな」と返されるばかり。
ユノは手元のメニュー表に目線を落としているので、長い前髪がその顔を半分隠している。
「ユノ」
「あ?」
「何を頼んだらいいか迷いますね」
ただ単にその顔を見たくて声を掛けてしまった。
この仄暗さはユノの顔をぼかしてしまうから、こうして真正面からよくよく見ないとどんな表情なのか分からない。
「あぁ、確かに迷うな」
「じゃあユノに任せてもいいですか?」
「俺が…決めていいのか?」
「はい、お任せします」
いつもなら僕の意見なんて聞かない人なのに、今日のユノからは迷いがうかがえるようだった。
それを示すように、任せると言われた筈のユノはメニュー表に載っている料理を一つずつ「好きか?」とわざわざ僕に聞くんだ。
そしてどれに対しても「好きですね」を連発する僕。
同じやり取りの繰り返しなのに、僕はなんだか楽しくてつい笑みが溢れてしまう。
「あはっ、、これじゃあいつまで経っても決まる気がしないですね、、」
「ふ、そうだなっ」
ユノも途中からわざとやってる感があったような気がしていたんだ。
けれど、たわいも無い事に同じ気持ちで笑えてる。
それが僕にはとても嬉しい事だった。
仄暗いお陰で、ユノの笑顔に寂しい影があるのかどうか。
見えないのも嬉しかった。
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