Yes, my lord.~試用期間にて~#5

「チャンミン。パエリアはもういいのか」
まだ俺の分があと二口程残っていたが、チャンミンはじいの出現によって食欲を失ったらしく力無く首を横に振ってそのまま項垂れた。
仕方無くパクパクと機械的に口に残りのパエリアを運んでいたが、ふとある事に気付いてしまったのだ。
「俺の口からチャンミンの口へ…そしてまた俺の口に」
気付いた事を漏らすとチャンミンは盛大に慌て出し、顔を真っ赤にして「そんな事をわざわざ言う必要は、、!」と抗議の声を上げたが。
「ん?」
はしたないとじいによく注意を受けるスプーンをねぶる癖をやってしまう。
「な、ユノ様っ、、!」
「すまない。ついいつもの癖でな。見逃してくれ」
「あ…それはいいのですが、、」
てっきりまたねぶり癖をチャンミンにも咎められると思ったが、どうやらチャンミンはそれはどうでもいいらしい。
ではさっきの剣幕の原因はやはりあれか…
「俺とのキスがそんなに嫌なのか」
「き、、!間接と仰って下さいませ!!」
ガタッと勢いよく立ち上がったチャンミンの顔からは湯気が見えるようだった。
「俺は別に嫌だとは全く思わなかったがな。寧ろ直接でもいいぐらいにチャンミンを信用している」
「、//!」
「チャンミンは普段から綺麗好きだろう。そんな男が変な病気を持ってるとは思えないからな」
「・・・・」
チャンミンは突っ立ったままパクパクと口を開閉して見せたが、何も言葉を発しないのでその間に俺は自分のとチャンミンの食べ終えた食器を持って食堂を後にした。
暫くして厨房で食器を洗う俺の耳に、「ぁぁぁぁ………」とチャンミンの悶える声が届いたのだった。
「また俺が何か悪い事をしたのか…?」
首を捻ってみても答えは捻出されない。
シンクの水滴を拭き終わって厨房を出るともうチャンミンの姿は食堂から消えていた。
「さてと。夜はどうするかな」
満たされたばかりの腹を摩り、思考は既に夜に飛んだ…
「ユノ様、、もうお許し下さいませ!!」
「…チャンミン。いい加減往生際が悪いぞ?それに許すとか許さないとか、俺は少し嘘を付いたがチャンミンは何も悪い事をしていなのだろう?それなら堂々と胸を張っていればいい」
冷や汗をダラダラと流す目の前のチャンミンに言い放ちながら俺はサッと手を挙げる。
控えていたソムリエが俺達の座るテーブル席へと優雅に歩み寄る動作を見ても、ついうちのチャンミンの方が美しい動きをする筈だと親馬鹿ならぬ主人馬鹿だ。
「連れの者は主にワインを好む。今日の料理に合うのは勿論だが、悪酔いだけは避けたい」
ワインを頼んでいるのに悪酔いはしたく無いと言う俺の発言に対して、俺の前で普段は見る事も無いスーツをきっちりと着込んだチャンミンの顔が青ざめたり赤らんだりと忙しなかった。
「あのようなオーダーをされなくても私はこの場では飲みません!」
ソムリエが引っ込んだタイミングを見計らい、あからさまにプリプリと怒ったチャンミンもまた物珍しくて、何とも心が和む。
「注がれる前からそのような不粋な事を言うなチャンミン。そうだな、もし一口飲んで口に合わなければ残りは俺が飲む。だからそう気にしなくていい」
「う、…」
チャンミンが格別のワインを拒否するとすればそれは二日酔いの朝だけだろう?
今は既に夜だ、美味い食事に極上のワインを果たしてチャンミンが拒めるものか…
程なくしてテーブルに運ばれた前菜と、ワイングラスに注がれる極上の赤い飲み物にチャンミンの顔はふにゃふにゃに緩んでいた。
単純だ。
だが、とても愛くるしい。
「ではチャンミンの一夜秘書に乾杯」
「は!?……乾杯っ、」
俺の言葉に不本意な様子を表しながらもチャンミンはグラスを手に取り軽くワインを口に含む。
「美味しい…あっ、失礼致しました。大変美味しいワインで御座いますねユノ様」
「あぁ。程良い酸味と後から追って来るこの深み、そして舌に残る味わいは絶妙だな」
「えぇ、確かにユノ様の仰る通りにこの舌の余韻が何とも言えませんね。はぁぁ、美味しい…」
あれ程ワインを拒絶していたとは思えぬ様変わりように笑みを隠し切れずに俺は若干吹き出した。
「くくっ、口に合うなら後は遠慮なく好きに飲め。俺も程々に飲むつもりでいる」
「それでは帰りの運転はどのように…」
「それについても手配済みだ、心配は要らない」
「そうでしたか…私の配慮が足りず申し訳御座いません」
美味しいワインを堪能して目を輝かせたかと思えば、途端にしゅんと肩を落として謝罪を述べるチャンミンにさっきから俺の目尻は下がりっ放しだ。
そもそもチャンミンが謝る事は全くないのだが…真面目と言うのか、この性格でよくここまで生きてこれたものだとある意味感心する。
「チャンミンの配慮が足りなかったのではないだろう?折角の休みに『緊急の打ち合わせが入ってしまった。秘書を呼び寄せる時間も惜しい』と言ってチャンミンを秘書代わりに連れ出したのはこの俺なのだから」
「あ!そうでした…ですが結局打ち合わせなどそんな物は無くて何故かユノ様と二人でのディナーになっていて、、、私はまんまとユノ様に騙されたのですよね?、、うぅ、非常に不甲斐ない…はぁぁ、、」
休日だからか?
普段、屋敷でキビキビと働く執事のチャンミンとは到底思えない素の溜め息が聞けた…
「いつもの執事服とは雰囲気も違って、スーツも偶には良いものだな。本当によく似合う」
俺にとってスーツ姿のチャンミンは新鮮でいくら愛でても飽きず、頬が緩む。
「な!?私は真剣だったのですよ?ユノ様に恥をかかせまいと必死で秘書に見えるように努力をしましたのに…なのに嘘だなどと、、はぁぁぁぁ………」
盛大に溜め息を吐くチャンミンに構わずワインを注ぎ足して俺はこう言った。
「嘘が嫌ならばチャンミンを執事兼秘書にしても俺は構わないがな」
ニッコリと微笑んでやると、チャンミンは口を開けて絶句した。
ふむ。チャンミンが俺の秘書か、それも悪くない話だ。

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