清く、正しく、美しく
知らないうちに落ちている、自覚する頃には多分かなり深く。
気付いたらこの目がその後ろ姿を追っていたり。
顔は見えないのに声が聞こえるだけで自然と体温が上がったり。
けれど。
嬉しい事ばかりじゃなくて膨らんだ胸がギュッと押し潰されるような気持ちにだってなる。
ここで引き返せばまだ戻れる、そう時々冷静になって立ち止まれるのに。
だけど。
自分の意志でこの不思議なときめきに蓋をする事が出来ない…
その人を特別な想いで見るようになったのは一年半前の冬。
同僚で、同性で。
好きになる要素なんて一つも無く。
ましてや外見と愛想の良さで異性から異様に好かれているその人を、自分からは一番遠い存在だと認識していたぐらいだった。
「ごめん、肩貸して」
常に笑顔を絶やさない彼が珍しく真顔で。
しかも少し青ざめている。
面識はあってもこうした職場の飲み会で話す事なんて滅多に無いのに、いきなりの身体の接触に断る理由もタイミングも無くし。
結局、二次会に向けて一旦解散の声が掛かるまでそのまま僕の右肩は彼に占領されたままだった。
普段、他人とは一線を引く気難しい奴と、レッテルを貼られいる僕に対して誰も深く付き合おうとはしないから。
片隅で一人で飲んでいたのをオアシスか何かに見えたのかもしれない。
ふと、小さいな…と思った。
男にしては幅の狭い僕の肩にすっぽりと収まる頭。
いきなり来て、頭を乗せられて、正直不快極まり無いが。
荒い呼吸を肩で感じれば無下に払いのける行為もどうかと思うし。
遠巻きに見てる女子達の羨ましいような恨めしいような視線を感じては。
こっそり胸の内で、ざまあみろと毒づいた。
その日を境にして、僕にとって一番遠い存在だった彼が急接近し出した。
この前は有難うと言い、御礼に食事奢らせてと。
爽やかな笑顔で有無を言わせない間を与えて来る。
はい、しか答えは無いみたいな。
これ程スマートに断る隙もなく誘える人って居るんだと改めてモテる要素を実感した。
「あ、あと俺の事は"ユノ"でいいから」
2つ歳上なのは知っていて、当たり前の事ながらそんな無礼は出来ないと拒絶を見せても全く怯む様子も無く。
「会社を出た時くらい緩ませたら?」
そう言って僕に伸ばした手で目の少し上に触れて来る。
何の変哲も無い居酒屋で向かい合って同僚と話す事自体が非日常。
だから自分でも知らない内に眉間に皺が寄っていたらしい。
「そんな顔してたら幸せも寄って来ないだろ」
別にそれでもいいですよって、言葉を飲み込んで触れていた指から距離を取る。
だけど。
そんな気も知らないで目の前の人はくしゃりと笑って呟いた。
「…幸せって、何だろうな」
遠い目だった。
身体は目の前にあるのに心だけ何処かへ置いて来た、そんな顔をして。
自分の中で彼に抱いていたイメージからは、到底かけ離れた雰囲気にゾクッと鳥肌が立ち。
そして、同時に。
胸が締め付けられていた。
それからは目の前の笑った顔はただののっぺらなお面を貼り付けたかのように見え。
その奥で密かに笑顔を殺した彼が居るんじゃないかと、何故だかその時の僕にはそう思えたのだった。
今、思えば。
あの瞬間がユノへ落ちたんだと思う。
恋と言う名の深みへ。
「ユノ」
こうして気安く呼べるのも会社を出て、極力社内の人間が来なそうなお店に入り。
本当に居ないかどうだか確かめた後で無ければ口にする事も憚れる。
それだけ僕と彼の組み合わせは意外性があり過ぎたからだ。
ユノは肩を借りた御礼をした日以降も何かと誘ってはくれるものの、大抵が大人数での食事や飲み会ばかり。
ユノのあの時の物憂げな表情が心の何処かで気掛かりであったのは確かだったけれど。
どう考えたって自分の苦手分野の交流に対して、僕の口はYESを返す事は出来なかった。
それでもユノは諦めずに僕に声を掛けて来てくれる。
「金曜日なら…」と。
ノー残業デーに2人でならと。
会社の人に会いたく無いと。
その条件でならいいと。
その面倒な条件をユノが全て飲んでくれて今がある。
その御礼に僕も彼を"ユノ"と呼ぶ事にした。
金曜日。
2人だけしか知らないお店。
まるで秘密基地で遊ぶ子供みたいに。
「飲むペース早くない?大丈夫かよ」
確かに家で一人晩酌するよりはピッチが上がっている。
やっぱりあれかな、いい男を肴に飲むと気分がいいってやつ。
「ユノこそ顔真っ赤、無理ならもう」
「あっ、馬鹿。まだ飲むんだって勝手に盗るなよ」
「はいはい」
飲み出して一時間半が経つ。
そろそろユノの酒量のペースが落ちてもいい筈なのに、今日は一向にグラスを持つ手を緩めない。
毎週金曜日のこの秘密の会合も両手の指を折る位は、やっている。
ユノがアルコールを摂取した時のお決まりのパターンも大体は分かってきた。
「吐くなら」
「飲まない、だろ…分かってるって…」
そう言って何度か僕が痛い目に遭ってる。
そこんとこ、全然分かってないだろ。
「なんかあった?」
「…別に…」
「あっそ」
「…別に…じゃねぇけど…」
「うん」
見た目も中身も完璧なユノが、恐らくこの金曜日の会合でだけ見せる悪態。
女子の高嶺の花のユノ。
まるでアイドルみたいな存在なのに、ちゃんと人間臭さを持ち合わせている。
「なに、、笑ってんだ、、」
「別に笑ってない」
正直、優越感。
僕が多分、ユノに対してライバル心みたいなのを抱いていたら。
こんな醜態をみんなに黙っておく筈はないんだろうけど。
生憎その思いが僕の中には生まれなかった。
寧ろこんなユノを誰にも教えたくなんて無いって思う。
「ぜってぇ、、笑ってた、、」
「まだ言うか」
とろんとした目でぶっきら棒な口。
アンバランスで面白い。
さてと。
キリのいい所で店を出ないとな、そう思って会計を済ませていた間にユノは呆気なく沈没してしまっていた。
今日のユノは変だと気付いていたのに。
もっと早くに止めていれば良かった…
後悔先に立たずと言うか、吐く事はあっても寝てしまうのだけは無かったから油断していたんだ。
体格差は殆ど無いように見えても触れると分かるスーツの下の筋肉。
悪いけど、担いで帰る気になれない。
「…はぁ」
どうしたものか。
タクシー、呼んで。家。
そう言えば家を知らない。
「ユノ」
「…っ、」
ごろんと仰向けになった顔が素で笑ってる。
「…笑ってんの自分じゃん」
連れて帰るか…
後悔先に立たず。
自分の家に連れて帰ったユノは。
とても。
愛くるしかった。
「み、ず?」
「はい、取り敢えず飲んで」
「…やだ」
「何で」
「…これ嫌い…」
子供か。
「これしか無いから」
「…………飲ませて」
「……」
面倒くさ、とは全然思わなかった。
水が溢れないように手で頭を支えて飲み易い体勢を作り。
窮屈そう歪めた表情を見てすかさずネクタイを緩めてやると。
「わるい…でもありがと…」
酔って自分に甘えてくれるユノを素直に可愛いと思った。
同時に男を愛おしいと、湧き上がる想いに戸惑う。
動揺を振り払う為にネクタイを緩めたついでにとシャツの第1ボタンに手を掛ける。
その時、ちらりと覗く喉元の傷に目を留めた。
白い肌がアルコールで薄っすらと上気して、普段は隠れて見えなかった傷を鮮やかに浮き立たせていた。
「…っ、ん」
水が喉を通り抜ける。
たったそれだけの上下の動きを目で追っただけ。
なのにカッと火を点けられたみたいに身体の芯が燃えるのが分かった。
バクバクと勝手に動悸が激しく。
打ち上げられた魚みたいに口がパクパクと酸素を求める。
何かに触れたいのに、触れてしまう衝動すら烏滸がましいようで。
手だけが、掴めない物を探して彷徨うばかりで空を切る。
触れたい………何に?
まさか。
…ユノに?
何で………
その自問の答えは何となく気付いていた。
薄々と以前から、何となく…
ユノと言う人に出会って、自分がいかに単純で単細胞だったかと今更ながら知る。
自覚した翌日にユノから好きなミネラルウォーターの銘柄を聞き出して、冷蔵庫のストックを入れ替え。
また次の金曜日を大人しく待った。
以前も金曜日が近付くと心なしかそわそわした感はあったものの。
今となってはもう明確にその曜日を待ち侘びて指折り数える僕が居る。
「ユノが…好き」
声に出して呟くと、ポッと淡い火が胸に灯る。
男に恋なんて、不毛。
そうは思えどここで終止符を打とうとも思わない。
そもそも何も彼との間に始まっているわけでは無いんだから、終わらせる意味も分からない。
そんな風にして自分がユノに抱く想いを正当化し続けた。
「乾杯」
「何に?」
「今日でちょうど一年」
「だから何に?」
「金曜日にこうしてチャンミンと飲むようになった日から、って言ったらキモい?」
…知ってたんだ。
グラスをユノがかち合わせた時にもしかしてとは思ったけれど。
僕は勿論知っていたよ。
出会ってから200日とか密かに祝っていたくらいなんだし。
「…きもっ」
「うっせーどうせ俺はキモいよ」
あぁ、まずいな。
顔面の制御が追い付かない。
「改めて…乾杯」
「あぁ、乾杯」
幸せだと脳内が麻痺するって多分こう言い事だ。
幸せと比例するようにアルコールの摂取量も上がる。
今日は相当飲んだ。
だからかな、今までユノへの想いを隠す為に絶対にタブーだと考えていたある事柄がチラチラと頭の中を掠めて行く。
口にしてしまったら駄目なのに。
聞いてしまったら駄目なのに。
そう思って重石をしていた事柄。
「そろそろ1人に絞らないの?」
ユノは相変わらず異性に異様にモテる。
毎週金曜日に必ず都合つくとは限らなくて、何度かユノからお断りを受けた事もある。
そんな時は決まって「どうせユノに彼女が出来るまでの会合だし」と自分に言い聞かせて1人寂しく金曜日の夜を過ごした。
本当は心の中で、「ユノはデートかもしれない」その不安で押し潰されそうだったけれど…
「恋人は作らない」
けれどユノの答えはとても意外なもので。
「は?…どうして」
「正確には、作れない。多分、当分は」
「全然意味分かんないんですけど」
「意味分かんなくていいよ」
「えー」
「意味分かったら…女が嫌いになるから」
いえ、今でもあまり目が行かないと言うか。
ユノしか見えないから別にいいんだけど。
けれどユノの目が笑っていなかったからあまり冗談で掘り下げるべき話じゃ無い事は充分に伝わる。
「…ごめん、なんかビール苦くなったかも」
「うん。って俺はウーロンハイだけど」
「仕切り直しますか」
「あぁ、うん」
仕切り直しますか、家で。
ユノの好きな銘柄のミネラルウォーターも沢山あるしね。
金曜日の秘密の会合。
今ではオプションも付いてちょっと贅沢なプランになっていた。
居酒屋の後のユノのお持ち帰り。
これ以上無い贅沢なプランが今や当然な流れとなっているから浮き立つ。
スキップなんかも踏んじゃいそう。
家に揃って帰っても、特別な何かがあるわけじゃない。
たわいもない話をして、先にシャワーを浴びるか寝るかの段取りだけ済めば後は自由に過ごす。
恋人のような甘い時間なんてそこには決して存在しない。
あくまで、友達として。
ユノが僕の家に来るだけ。
けれどそんな事だけでこんなにも僕の心は踊るんだ。
「…これ」
玄関のちょっとした飾り棚に置いてある、ラッピングされたままのガラス細工に。
突然、ユノの視線が留まる。
先程までの陽気な足取りで階段を駆け上がった勢いは何処へ。
不穏な空気が漂う程、その眉根はギュッと強く寄せられていた。
「…何、貰ったけど?」
「誰から」
「会社の子」
珍しい光景を見た。
ユノが舌打ちをした。
「いつ貰った」
「昨日だけど…」
「開けたら多分。カードが入ってる」
「カード?」
「あぁ、それで電話番号も書かれている」
「………何で分かんの」
そこで留まっていたユノの視線がゆっくりと僕に向かい。
「俺も同じ手で嫌な想いをした。いや、してる。まだ終わってない…くそっあの女がチャンミンにまで…」
そう話すユノの漆黒の瞳の奥の方に。
ゆらゆらと青い炎が揺らぎ見えた。
「怒ってる…?」
「あぁ」
「何で、、」
深く吐き出された溜め息が、グッと距離を詰めた鼻の頭を焼け焦がしてしまうんじゃないかと思って身を竦めた瞬間。
呼吸経路を断たれていた。
ユノの舌が、、、口腔に。
驚きで見開いた目に、般若の如く怒りに目を釣り上げるユノが映り込む。
自分が好きになったユノじゃない、心は拒絶するのに容赦無く蹂躙を繰り返す舌にどうしたって身体は抗え無い。
口の中の肉が薄い部分を執拗に舐め上げられ、嚥下する事も許されない唾液が顎を湿らす。
カタカタと小さく震える肩は、恐怖心か。
それとも。
「…大事な物を壊したら永遠に失われてしまう、ずっとそう思って耐えた」
全てを舐め尽し終えた舌が口腔から這い出し。
その間も顎から滴る雫は喉元を伝って下へとくだって行く。
そしてその道筋を辿るようにべっとりとユノの舌が首の表皮に這わさり。
悪寒にも似た感覚に意識が取られると。
器用にシャツの隙間から入り込んだ指先で胸の隆起の粒を弾かれた。
「んぁッ」
硬くも無く、しこりもないそんな粒を丹念に何度も潰しては捏ね。
刺激に腫れてぷっくりして来た所でそっとシャツの上から吸い上げられる。
「…あ、…っ、」
引いた腰はすかさず逃すまいと持ち上げられて更に逃げ場を失って行く。
ちゅっ、ちゅっと衣服を濡らす独特の水音と共に持ち上がった片尻をやわやわと揉まれると。
身体の芯をじわじわととろ火で炙られるように疼きが込み上げる。
「は、ユノ…っ、、、」
自分でも耳を疑うくらいの甘い声だった。
明らかに何かを強請るような、誘うような。
「失うのを恐れて、結局奪われるだけなら…自分から壊してやればいいのか、、」
瞳の奥の炎が青から赤に。
ユノが何を恐れて、何を壊すのかは全く分からなかったけれど。
尻を揉み上げる手が、その境目の線をなぞるように往復をし出せば。
一度込み上げた疼きを否応も無く刺激し。
「キツそ…」
カリッと齧られた耳元で、ユノの口から下半身の張り出した前面部分の状況を知らされる。
しかし、目線を下げればユノも同様に狭いVラインを誇張させていて。
「ユノ、、、」
カラカラに乾いた唇から掠れた声がやっと漏れると、服を着たままで張り出した物同士を擦り付け合う動作をとって来る。
はぁ、、気持ちいい…
自然と腰が揺れる。
「チャンミン…」
ユノの瞳が一瞬、逡巡で揺れるのを見てしまった。
迷わないで。
逃げないで。
「…こわ、して、、…」
グシャッと。
ユノの後ろで何かが潰れる音が響く。
それはラッピングを解かれないままに透明なシートの中で粉々に砕けたガラス細工だった。
開ける気も無かったけど…ありがとう、お陰でユノとの関係が発展したから…
口元の緩みはすぐさまユノの性急な口付けによって崩されてしまった。
その後、どんな手順でベッドに行き着いたかは記憶が定かではあるが。
先に張り詰めていた物をユノの手によって1人だけ吐き出させられ、ぐずぐずになった所までは覚えている。
その後、多分…玄関で挿入は無かった筈だ。
狭いし、辺りを見回しても潤滑剤に取って代わる物が無かったし。
そう言えば、リビングのラグの感触が背中に当たったような気がする。
じゃああそこでユノに挿れられたのか…
目が覚めた時、おびただしい量の精の捌け口が自分の胸やら腹だった事を確かめ。
ゆっくりと身体を起こそうとして、思うように動かない下半身の重さにまた下腹が疼く。
そっと首だけ捻ると、規則正しい呼吸で寝入るユノが見え。
とても安らかな寝顔に。
涙が出るかと思った…

キシッとベッドが深く軋む。
ユノと今まで同じベッドで寝た事なんて無いから、男2人分の重さにベッドが悲鳴を上げるのは当然だ。
「ユノ」
はっきりと声を掛ければ薄っすらと瞼が開く。
視界に入り込む煌々とした電気が眩しいようだ。
昨晩、恐らく部屋の電気を点けたのは僕だと思う。
でも、それを消して寝るという行為に及ぶ人は誰も居なかった。
点けっぱなしで何度したんだろう…今更ながらに羞恥が込み上げて毛布を引き上げる。
「…ごめん」
その一言だけは聞きたく無かったと思う反面、この状況ならそうだよなと妙に納得し。
「俺さ」
「好きだよ」
次の言葉を遮るように。
「は、…?」
「ずっとずっとユノが好きだったんだ」
更に畳み掛けた。
「……」
「好きなんだ、ユノが」
ぽかんと、だらしなく呆けた口元をそっと指で撫でる。
「だから謝らないでよ、嬉しかったんだから…」
乗せた指ごと唇が上下して。
「うそ、、」ユノは面食らったままでやっとの事、声を絞り出す。
「嘘ならどうすんの、これ。責任でも取るつもりだったとか?」
「いや、、」
「友情ぶち壊して会社辞めて?…僕に、ユノの痕跡を残したまま居なくなる気だった…?」
「いや、、、違う」
「うん、じゃあ言って」
マジかよ、とユノが小さく溢して破顔して。
「好き、…俺もチャンミンが好きだ」
ずっと、ずっと、ずっと、ずーっと前から好きだった、
しつこい位、耳元で。
鼻先で。
唇で。
囁く声には昨日とは打って変わった甘さが含まれており。
腹の奥底から疼きとは違った何かが、こそばゆく湧き上がる。
「俺と付き合って下さい」
「うん」
「いいの?」
「うん」
「はは、なんか夢みたい」
「…うん」
「はぁ…幸せ…」
ユノがポロリと溢した言葉がじわぁと全身に染み渡る。
ユノが幸せで良かった。
ユノに幸せを噛み締めて貰えて良かった。
しみじみとそう思った。
「身体起こせるか?」
「うん、何とか」
「無理すんなよ」
「させたのは?」
「…俺か」
「うん」
くくっと肩が揺れ。
本当敵わないな、とユノが溢す複雑な笑みに腰の重みが和らぐ気さえする。
無理させた罪滅ぼしと言うわけじゃないけど、シャワーを浴びに移動する事も困難な僕に対してベッドを降りずして。
洗面器に熱めの湯を張り、バシャバシャと濡らしたタオルをあつあつ言いながらも搾っては。
それで丹念に身体を拭き上げてくれていた。
「気持ち悪い所あったら遠慮なく言って」
「うん」
顔がさっぱりすると何だか気持ちもスッキリするから不思議。
子供の頃に風邪を引いて風呂には入れなかった時なんかを思い出したりして。
僕としては自分では上手く手が届かない背中を拭き終わってタオルを受け取るつもりでいたのに。
「え、ちょっと」
「いいから甘えな」
「いやいや」
「いいからいいから」
いやいや。
良くないから止めてんの、分かんない人だな。
…って、わざとか。
明らかに汚れを拭くとは別に意図を持って手が際どい所を撫で上げる。
「いつから好きだったわけ」
「は、、今それを聞く?」
「まぁね。で、いつよ」
上半身はいいけど、下半身は勘弁して。
「…結構前」
「へー。金曜日に飲むようになってから?」
「ん、、多分それよりも前かも、って本当も、やめ…んあっ、!」
折角綺麗にして貰った背中にユノの体重が伸し掛かり、柔く肩に刺激が走る。
ユノに噛み付かれていた。
「や、め、、」
と、同時にぐいっと膝裏を持たれて大きく脚を開かされてしまう。
「…そんなに前だったなんて意外」
噛み付いた所を今度は舌先を使って舐め出す。
擽ったくてむず痒かった。
まるで古傷でも慰められているみたいで。
「じゃあさ、俺の事を想ってした?」
ユノの手、正確に言うと濡れたタオルが質問の意味を的確に捕らえて包み込む。
だけどユノの手の温もりでも無く、熱を帯びたタオルでも無く。
温もりを失った濡れタオルの冷たさに身が竦んで咄嗟に脚に力が入る。
「おっと」
後ろから抱え込んでいた体勢のユノが器用に自分の脚を使って内側に閉じようとしていた僕の脚を押し留めた。
で、更に。
「やってみて」
強要する言葉と共にまた再び脚を開かされてしまう。
悲しいのは、冷たいタオルに握り込まれていると言うのに。
萎えない昂りがユノの手の中にあるという事だった。
そんなのまるで呼応しているようなもんだ。
「チャンミン…」
甘ったれた声が鼓膜を震わせる。
しきりに指は昨日開発されたばかりの粒を捏ねくり回して。
散々舐めたり吸ったりされたんだか、腫れて赤くなった粒はちょっとの刺激にも敏感になっていた。
先端の尖りを指先が引っ掻く。
「ん、あ、、やっ…」
昨日の記憶が断片的なだけに、自分の嬌声が嫌に恥ずかしい。
「嫌じゃないよな、だってこっちはこんなだし」
こんな、と言われて目線をおずおずと下ろすと。
冷えたタオルで感覚が鈍くなるどころか、そんなタオルに包まれても滾るくらいにとろとろに蕩けていた。
意地が悪い。
動けない事をいい事に好き勝手して。
「…っ、…ふ、…」
やっと気持ちが結ばれたと思っていたのに。
急に何だかユノがまた遠い人に感じた。
泣くつもりなんて無かったのに…
「わ、ごめん、、チャンミン泣くなって!!」
どんなに涙を堪えても、あられもない体勢でユノに恥部を握り込まれていれば身体の変化は著しく伝わってしまう。
同性の前で泣いて、全裸で、好きな人の手の中でしぼんで行くなんて。
情けない…
「……ごめん」
「…く、…っ…」
粒を摘んでいた手が今度は優しく肩に触れる。
今更優しくしたって、とは思うのに振り払おうとは思えない。
…やっぱり好きなんだ。
「そんな前からチャンミンが好きになっててくれたんだって知ったらなんか腹立って、、」
「…は?」
何ですかそれ。
「一年も…チャンミンを慰めてたのが俺じゃない俺ってさ、…すっげ悔しい」
「………馬鹿」
「うっせー、、どうせ馬鹿だよ俺は!」
要は妄想の中の自分に嫉妬して勝手に腹立てて。
挙げ句の果て、僕に八つ当たり。
「…………」
「…お湯変えて来る。次はちゃんと拭くから」
本当、馬鹿だ。
「………キス」
「ん?」
馬鹿げてるけど……凄く好きだ。
「気が変わらない内にキスして」
「あ、え?おぉ、、」
昨日の初めての口付けは、僕にとって何だか事故にでも遭ったようなものだった。
その後も何度もキスした筈なのに断片的な記憶の所為で恋人らしいのは今が初めて。
…甘い
ユノが僕のご機嫌を窺うように慎重に唇を重ねるもんだから、お手本みたいな口付け。
昨日みたいに強引に割り込んだ舌が、今日は何処か遠慮がちな動きに思わず口元が緩んでしまう。
あぁ、やっぱりどんな一面を見せられても、ユノが好きなんだなって実感する。
本当に付き合いたてのような辿々しいキスなのに。
萎え切っていた僕の下半身は、ユノに握り込まれる前よりも滾りを見せていた。
「…チャンミン、?」
身体を引いたユノにまた唇を押し付け。
空いた手で自らの硬くなった熱に触れる。
触れた途端、爪先から電流が駆け抜け。
「はぁ、、っ、、ん」
手の中の増した熱量に自分自身でさえ驚きと興奮で、吐息の防ぎようが無かった。
「チャンミン…」
ユノに見られているのに手を止める事が出来ない。
「…お前、、本当敵わないわ…」
鼻先が擦れ合う距離でぼそりとユノが呟く。
その瞳が情欲で濡れていた。
「ユノ、、、」
「ん。昨日やりまくったから今日は休ませようと思ったけど…無理だわチャンミン」
「…うん」
「好きだ、もうほんとめちゃくちゃ好き」
「うん」
「…して、いい?」
「…うん…して欲しい…」
一瞬、ユノが眉を寄せて苦しげな表情を見せた。
「…チャンミン…」
掠れた声。
覆い被さる身体。
離したくない。
この人を、手離したくない。
ギュッと強く抱き着くと同じ強さで抱き返される。
歯列をなぞっていた舌先が、まるで歯の1つ1つを愛でるような動きに変わる。
歯、1本でも慈しむように…
好き、ユノが好きだ。
肌が合うとか、過去1人くらいはいたと思っていた。
だけどあれは恐らく思い込みだったんだ。
凹と凸は嵌め合う事で元から一つの図形みたいに溶け合う。
僕と、ユノも同じ。
本来なら凸と凸な筈なのに、初めからユノを熟知していたかのように。
ユノが腰を押し進めた分、僕の身体は蕩けてそれを余す事なく受け容れようとする。
「はぁ、、チャンミン…気持ち良くて溶けそう…っ、」
ユノも同じ事を感じてる、そう思うと胸の奥がキュウッと切なく鳴く。
「あんま、、締めんなって、、」
胸が苦しくなると身体も締まるのか。
でも僕にはユノだけがそれを知っていればいい。
けれどユノは無意識に身体が締まったのに対して、奥を突くのをやめてしまう。
奥の、指も届きようのない最奥をユノで埋め尽くされるのが僕はいい。
ユノだけ許された聖域のようで、それをいざなう自分に酔いしれているのかもしれない。
「…なんかうわの空」
気付けば浅い所までユノは腰を引いていた。
「あァッ、!」
「集中しろ」
神様はどうして男性の身体にも、女性同様の快楽の種を忍ばせたのだろう。
摩訶不思議だ。
そして、何故こうも的確にユノはそれを捕らえる事が出来るのか。
いや、それ以前に全てにおいて手慣れているのも甚だ疑問でしかない…
「ん?痛いか?」
「………」
逆。
全然痛くないのが悔しい。
「…チャンミン…?」
「ぅ~っ、、」
悔しい。正直、ユノの過去にも嫉妬する。
けれど…
今、目の前のユノは僕を抱いている。
「ユノ」
「あ?」
「僕の事、好き?」
「え、あぁ。すげぇ好き」
「うん、僕も好き」
「…チャンミン?」
浅い所を行き交う腰を両脚で引き寄せた。
人よりちょっと脚が長くて良かったと思う。
ユノがまた僕の奥に戻って来た…
「…ユノ…」
「んー・・チャンミン、、俺出ちゃう」
「うん…いいよ」
「はぁ、、もう…っ」
「でも」
「ん、、?」
「……イク時、言って欲しいんだ…」
続きはユノの耳元で囁いた。
小声過ぎたからちゃんと伝わったかどうだか。
奥を突く律動が激しさを増し。
開いた脚の付け根いっぱいまでユノと繋がり。
受け容れている縁がめくれてしまいそうにみちみちだった。
これ以上はもう───────────
「…愛してる…っ」
そう囁きが聞こえ、僕の中でユノが爆ぜた。
"……イク時、言って欲しいんだ…愛してるって"
あぁ、ちゃんと聞こえていたんだ。
僕もだよ、ユノ。
愛してる。
とても、とってもね…
凸と凹みたいに溶け合って一つになれたらいいと思っていた。
だけど僕の中にユノが溶けてしまったら、ユノに触れる事が出来なくなるのかな。
「…ん、チャンミン…離さないとまたやばいって、、」
そしてほら、一つになったそばからもうユノを欲してる。
溶け合いたいのに溶け合えない。
一生答えの出ない葛藤だからこそ、繋がる度に刹那に愛を感じるんだろうか…
「しよ、何度でも…」
飽くなき欲望の果てまで、しようよ。
関連性のあるお話が12日~15日まで更新されます。
お時間ありましたらまた覗きに来て下さいませ( *´艸`)
そして、話中の挿絵として加工画像をAliさんからお借りしております。
最初に妄想を文章に起こしてから、シーンに合う画像をAliさんのブログから探したのですが。
ぴったりな物があってもうね、ときめきましたよ(//∇//)
Aliさん素敵な画像をお貸し下さり有難う御座いました♡
Aliさんのブログはこちらです♪
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ホミンを愛でるAliの小部屋

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