2016_11
09
(Wed)00:00

Sweet honey #7














昨日、ユノさんははっきりと『待ってて』と僕に言った…

今までは本当に来るかどうか分からないのに、来て欲しい一心でシウを早めに上がらせ、完売しないように店を閉めてドキドキしながら僕は毎週待っていたんだ。

あのドキドキもそれはそれで良かったけど。
今のドキドキはまた格別なときめきで…



「ふふっ」

手元の鍋でふつふつと煮立つ香りに顔が綻ぶ。

ユノさんがケーキのうんちくに興味が無いのと同じで、僕もカラーの種類を聞いてもピンとこなくて。
『平たく言えば栗色ってとこかな』僕の髪の毛の色をそんな風にして例えてくれたんだ。







鍋の中で揺すられる栗は、2日後には艶と甘みが増したマロングラッセになる。

次、ユノさんがお店に来たら僕はこのマロングラッセを使ったケーキをお薦めするつもりでいる。

勿論ユノさんは知らないだろうけど、紀元前にマケドニアの英雄アレクサンドロスが最愛の妻の為にこれを作った事から、今でも永遠の愛を誓う証として男性が女性に贈る習慣がヨーロッパにはあった。

ユノさんは女性じゃ無いけど、僕の髪を栗色と例えてくれたユノさんに贈りたい。

ユノさんの口の中でほろりと崩れるマロングラッセのように僕もユノさんにほろりと…



「ヒョン……?」
「ん、ごめん。どうした」

シウと一緒に作業をしていたのをすっかりと忘れてにやけていたらしい。
僕を見るシウの目が不安気だった。

「また新作ですか」
「そうそう、急に思い付いて」
「何かいい事でもあったんですね」
「まぁね」


新作と言うか、時々パッと閃いて詩を書くようにケーキのレシピをざっくりと起こすんだけど。
そのレシピはシウが居ないと完成とはならない。

パティシエとしての基礎はみっちりと祖父から叩き込まれてはいるけど、僕に無くてシウにある物がパティシエとして完全に独り立ち出来ない要素であって…

「このイメージで行くと…砂糖は5g少ない方がいいと思います」

音楽の世界に絶対音感と言う特殊な感覚が存在するように、食の世界にも絶対味覚を持った人達が居る。

シウがその一人。
僕のインスピレーションを数字に変えてくれる大事な存在だ。

だけど悲しい事に絶対味覚があるからってその人が作り出す物が全て美味しいとは限らないらしい。
だからシウが作る新作のケーキは当たり外れがあって、昔ながらのクラシカルなケーキはレシピが固定されている為にそこは当て嵌まらないとか。

色々とややこしいんだ。

僕は逆に絶対味覚は無い代わりに、閃きに富んでいる。
クラシカルな物を現代風にアレンジしてみたり、全く一からオリジナルを創り出すのも優れていた。

そしてシウがそのレシピの数字を絶対の物に変える。

言わば僕とシウは師弟関係じゃなくてパートナーと言う方がしっくりと来る。


だからこそ…僕はまだパリには行けない。
シウは既にあっちで修行を終えた身、今更またパリへと戻すわけにはいかない。

シウ抜きでやれる自信がまだ僕には無いんだ…



「…ヒョン」
「うん?」
「その髪は近くの美容室で切って貰ったんですか…?」
「あぁ…うん、そう。変?」
「いえ!凄く似合ってます!」
「そっか、ふふ」

今は帽子に隠れて見えない髪の毛。
だけどちゃんとシウは気付いてくれていた。

「…あの、、人違いかなってずっと思ってたんですけど、、」
「ん?」
「もしかして前にお店に来た人って、ユノさんって言う人じゃないですか、、?」
「……」
「その人…その美容室に居ませんでした…?」

突然、シウの口からユノさんの名前が出て。
僕は動揺の色が隠せなかった。


「…やっぱり、、そうだったんですね」
「…何でシウが、、」

僕の手は完全に止まる。
だって…シウの顔が今まで見せた事が無いような表情をしていたから、胸騒ぎがする。


「僕がパリでの修行時代に美容師の卵とかもルームシェアをしていたんです。だから時々美容界の話なんかも聞いたりとかしていて…」


アジア系のアーティストで、美容界に若くしてスターダムにのし上がった人物が居たらしい。
だけど腕には関係なくその容姿の所為であちこちでいざこざに巻き込まれ、遂には巨匠クラスのトップアーティストの奥さんに言い寄られた挙句にパリから追放。

その人物の名前が、チョン・ユンホ…って…




シウは遠慮がちに話すけど、僕には何だかまるっきり他人事のようにして聞いていた。

だってユノさんと同姓同名がその人かもしれないし、、


「ヒョン…ユノさんはもう此処には来ないと思います」
「え…」
「昨日、その元ルームメイトからビックニュースだって連絡が来てたんです。何かと思ったら…ユノさんがパリコレで復帰する事になったって言ってました」

「嘘だ」

「、、ヒョン?」
「だって昨日ユノさんは僕に言ったんだぞ!?また来週待ってろって、、嘘だ、、僕は信じないからな!ユノさんと約束したんだっ!!」

「…ヒョン、、、」













だって……ユノさんが初めて僕に待っててって、、そう…言ったんだよ…












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