オトコはツライよ #73

「、、、、」
義母も、僕も、胸が詰まって何も言えず、ピンッと張った空気を打ち破ったのは…
「ゆう…にょお、、」
部屋の隅で、今にも泣き出しそうな息子の悲痛な叫び声だった。
慌てて駆け寄った僕を跳ね除けて、その小さな手は課長へと伸びていた。
「ゆにょ、、ゆにょ、、!」
歩行は以前よりもぐんっと安定して来たとは言え、走るのはまだままならないのに。
小さな手足を目一杯バタつかせて、一刻も早く課長の元に駆け付けたいという想いがひしひしと伝わって来る。
転びそうになっても何とか踏ん張ってまた、一歩、また一歩。
ようやく課長の胸に飛び込んだ時には、息子の顔は涙でぐちゃぐちゃに濡れていた。
息子のこの突然の行動の意図が僕にも、勿論他の三人にも分からず。
取り敢えず涙で濡れた顔を拭いてやろうと、僕が息子を抱き留める課長の元へと近寄ろうとすると…
「め、なの!」
まるで、それは。
課長の身を僕から守るようなそんな息子の言動、、、
「テヤンはもしかしたら…我々からユノさんを守ろうとしているんじゃないだろうか?」
静かに口を開いた義父の言葉に義母が首を傾げ。
僕もその意味が分からずに視線を彷徨わせた。
「テヤンや、じいじもばあばもユノさんをいじめたりしてないから。ほらっ、じいじとはこんなに仲良しなんだ」
固まる僕と義母に構わず、そっと、義父は課長と息子のそばに詰め寄り。
息子の目線に合わせて優しく語り掛けるようにして。
そして…
息子を抱っこしたままの課長ごと。
ハグで包み込む。
そうか…息子はまた勘違いをしていたのか…
「ばあばもこっちにおいで」
義父に呼ばれた義母も戸惑いながらも、息子と課長と義父に覆い被さるようにハグをする。
「チャンミン君」
義父は昔から僕を君付けで呼ぶ。
僕も一歩、そのこんもりとした山に近寄る。
おずおずと全体に腕を回して。
…ハグ…
「きゃはははっ」
恐らく、何人もの大人に囲われて真っ暗になってるこの状況が息子にとっては異様で楽しくて。
今泣いた烏がもう笑うか…
その無邪気な笑い声に。
「あーはーはーっ!」
「はははっ」
「うふふっ」
つられて大人も笑った。
重なり合った身体は自然に解け、真ん中でにこにこと笑う息子の姿を目の前に。
目尻を落とした義父がポツリと呟くようにして。
「ユノさん…娘はね、生まれつき身体が弱い所為で太陽の下で沢山身体を動かす事が出来ませんでした。だからでしょうね、…自分が産んだ子供に夢を託したんですよ」
そうだ、テヤン…
妻はお腹の子が男の子だと分かると直ぐにこの名前にすると決めていた。
太陽(テヤン)のように明るい子に育ちますようにって、そんな風に言っていたけれど…彼女はずっと太陽に憧れを抱いていたのか、、
「そんな娘の太陽を、我々が曇らすなんて事をしてみなさい。天国の娘だって浮かばれる筈が無いでしょう。ですから…私達の答えは一つです、孫の好きな人はじいじとばあばも喜んで迎え入れますよ。なぁ、母さん」
「えぇ、えぇ、…そうよ。娘が残した一粒種を泣かせるのは、娘を泣かせてるのと同じ事ですもの。そんな事、私達には出来ないわ…それにね、、」
ツンと込み上げる物を必死に抑えていた僕に。
義母の手が触れる。
「私、チャンミンさんがこんなにもチャーミングな人だとは知らなかったの…娘に紹介された時は正直、素敵だとは思ったけれど、ちょっと愛想が無くて取っつきにくかったから、、」
「っ、、すみません、、」
「あらっ!謝らないで、、、私達もあまり親しくなろうとはしなかったからお互い様よ…でもね…近頃のチャンミンさんは本当に可愛らしくて、素直で…もしかしたら娘も知らなかったかもしれないけれど、ふふっ。そんな一面を知る度に…あぁ、ユノさんのお陰かしらって…ねぇ…?」
義母の問い掛けに静かに頷く義父。
「ユノさん、、貴方のお陰で…私達、やっと家族になれたのかもしれないわ…」
気丈な人だと、そんな風に勝手に印象を持っていた義母が。
目の前で大粒の涙を流す。
僕の手を、ギュッと。
握る手は、、、とても、、熱くて、、、、
「っ、、゛、、っ、、、」
妻がこの世を去った時、僕は誰の目にも触れない所でひっそりと一人で涙を流した。
恐らく、それ以来…
こんな風に…堪え切れずにただただ…
涙を流したのは、、、
「お、とうさん、っ、お、、かあさ、、ん、、」
…有難う、、、御座います、、

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