オトコはツライよ #72

アップルパイを全員食べ終わった頃には、テーブルの周りも床の上も予想通りにパイ屑だらけだった。
宣言したように床をサッと掃除し出した義母の為に、僕等は義父の案内でリビングに移動する。
リビングの一角におもちゃ道具が集められ、そこに一目散に向かった息子。
すると間もなく義母も顔を出した。
課長が立ち上がる。
…いよいよ、か、、、
「あの、実は折り入ってお二人にお話したい事がありまして…」
いつになく真剣な表情を見せる課長の様子に、義父の隣に義母も静かに腰を下ろした。
ぼ、僕も課長と一緒に立った方がいいのかな、、?
腰を少し上げかけた所で課長が僕に向き、そのままでいいとでも言いたげに視線を寄越すから動く事が出来なかった。
その間にも課長はソファから離れて義両親と僕の中間の位置辺りに移動すると。
何をするのかと皆の関心が集まる中、突如腰を屈めて…
「あらっ、」「君、、」
僕も…過去にこの御両親の前でやった覚えがある、、、
【クンジョル】
旧正月や法事の時などに先祖や両親など、目上の人に正式な挨拶として用いられる動作。
僕は、、結婚式でこうして御両親に挨拶をしたんだけど、、、
「不躾な話ではありますが、私はシム君の事を心から愛してます。その気持ちが生半可な物では無いという事をどうしてもお二人にお伝えしたくて、今日のお誘いに素直に甘えさせて頂きました」
冒頭から始まった突然の愛の告白に息子以外の全員が絶句した。
御両親はポカンと、僕は赤面して沸騰寸前。
けれど…そんな三人の様子に課長は怯む事もなくその後も淡々と思いを述べ続けた。
自分の家庭環境、そして離婚への経緯。
その後の僕との出会い。
子育てと仕事を両立する僕への尊敬の念。
息子に芽生えた慈しみの心。
淡々としながらも、その一語一句には確実に課長の想いが込められていて。
初めこそ何を言い出すのかとあたふたしていた僕も、自然と体は課長に向き。
御両親の存在を忘れるくらいに、その凛々しい姿に魅入ってしまっていた程だった。
それは妻の御両親も同じだったようで、下手したら男同士の恋愛話を聞かされて気分を害する恐れがあるのに。
あまりにも真摯に話す課長に素直に耳を傾けていたようだったんだ。
つまり、誰も課長の話の腰を折る事も無く。
最後の最後まで課長は一人で話し切る事をした。
課長が一息ついた時、残りの三人が漸く今まで黙って聞いていた事を知り。
お互いに何か、と。
声を出すか出さまいかと空気を読む中で。
更に
「ですが」
と、声を上げたのは課長だった。
「私はシム君と【家族】になるつもりはありません」
この一言に、また御両親は、言葉を失ってしまったんだ。
だけど、ただ一人。
「えっ、、ちょっと、、何言ってるんですか!?」
僕だけは、、黙っていられなかった。
ここまで大人しく、恥ずかしさを堪えて妻の御両親の前で聞いていた自分は何だったのか。
突然放り投げられた気がして、、、
「シム君」
「な、なんですが、、!?」
「ごめん、悪いけど最後まで君も聞いてて」
「………っ、、」
何も言える訳が無い。
そんな目で、、どう考えたってふざけてるって感じは一ミリも無く僕を見つめるなんて、、、
すうっと深く息を吸う課長。
これ以上、緊張する事が、、、?
「…シム君の家族は、、亡くなられたお嬢さんと、そして二人の愛の結晶としてこの世に生を受けたお孫さんだけだと…私は思ってます。この先も、永遠に」
「…ユノさん…、」
義母の目に涙が滲んでいた。
「……それでも私は…彼のそばに居たい…どうか、、お許し下さい、、」
…妻を、想う僕を、、、愛する男…
これ程の愛情を。
僕は。
…………知らない、、、

にほんブログ村
- 関連記事
-
- オトコはツライよ #74 (2016/09/23)
- オトコはツライよ #73 (2016/09/22)
- オトコはツライよ #72 (2016/09/21)
- オトコはツライよ #71 (2016/09/20)
- オトコはツライよ #70 (2016/09/19)