オトコはツライよ #43

キッチンに立って、いつものように。
そう、いつもの慣れた段取りで、、、
頭ではちゃんと分かっているんだ。
先ずはお湯を沸かして、その間に刻んだ食材は大きさ別にボウルに分けて…
頭の中ではばっちりとシミュレーション出来るのに、現実世界の僕の手は。
自分の唇をしきりに撫でているだけ、とか。
あんなの課長にとっては挨拶代わりだって。
あまりに意識し過ぎる自分に言い聞かせてはみるものの、やっぱり料理は一向に進まず。
気を抜くと無意識に指で唇の感触を確かめたり、とか。
…そんなに、いいか?
「火傷?」
「うわっ、、!び、、びっくりした、、」
「あはっ。そんなに驚かせたかな」
「ハッ、、や、、ちがっ…」
「それとも……」
「え、、?」
「そんなに良かった?」
ふふっと悪戯っぽく笑った課長の顔は絶対に確信犯だった。
そしてそんな悪い男は。
パクパクと口を動かして何も発せない僕を更に追い詰めるんだ。
「ね、さっきは正装でキスをして、お風呂上がりにもしてさ。まるで結婚したての新婚家庭みたいじゃない?」
って、、言った矢先から。
「シム君、もう一回する…?」
身体の両サイドに添えられた手がするすると僕の腹に回るから。
僕の身体はカチンコチン。
「はは、冗談だよ」
それは。
軽く僕の心に吹き荒れた嵐とは正反対に、爽やかに吹き抜けた課長の囁きだった、、
その夜のユッケジャンは僕の気持ちを表したかのような赤さで。
相当な辛さだったのは間違い無く。
腫れ上がった唇をむやみやたらに押し付ける事が出来なくなった課長は。
少しは反省でもしてくれたのだろう。
翌日、息子が帰って来るまでの間もキスを仕掛けるような行為は一切無く過ごしたのだった。
自業自得。
そうは思えど。少し、やり過ぎだだろうか?と省みる今日この頃で…
それと言うのも、激辛ユッケジャンで灸をすえてから二日間。
課長からの甘えタイムもぴたりと止んでしまっている。
少し前の僕なら。
無きゃ無いで別に大差無いだろう、なんて高を括っていたと思うのに。
今は……
無いのが結構堪える僕であって、、、
「…あの」
「うん?」
「近頃、…触れませんよね…」
「あぁ…うん。そうだね」
「…僕が、、その、、怒ったからですか、、?」
「…………」
実はとても近くに二人は腰を下ろしてテレビを見ながら同じ方に向かって話していた。
どちらかが身体をずらせば肩が触れ合う微妙な距離を。
微妙な空気だけが通り抜けていく。
「…あの、、「シム君に触れたら絶対にまたしたくなるからさ」
こっちを見ずに課長が言い切るから、
後はそれに対して僕が何か答えないとこの先の話は進む事も無いだろうし。
ただ黙って時が流れれば、また何も無い日々が続くんだろうし。
恐らく課長は僕の出方を待っている。
…流石、と言うか
駆け引きなんてしなさそうな顔して、こう言うのはきっちり相手方に考えさせる。
伊達に異例の出世は遂げて無いって事か、、
ふぅ、と肩の力を軽く抜き、横ににじり寄ると。
二人の隙間を流れていた空気が、気の所為かもしれないけれど僅かに緊張した様に思えた。
「嫌じゃ無いんです…ただ、、まだちょっと恥ずかしいって言うか、、その…」
こてりと傾けた頭は、角度良く課長の肩の上に収まる。
これが僕なりの精一杯の甘え方だった。
多分、自分から仕掛けたのもこれが初。
なのに、、課長は…
「じゃあ。シム君のしたい時にしようか」
だなんて、飄々としたまま。
またそんな風に言い切るんだ。
は・・・僕…任せ…!?

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