オトコはツライよ #37

朝、一番最初に布団から抜け出すのは僕で。
隣に寝ていた筈の息子はいつの間にか課長のお腹を枕にしている事もしばしば。
そして寝苦しそうに眉根に皺を寄せながらも、何故か目を覚まさない課長。
その様子を不憫に思いつつも笑いを堪えながら、息子の頭をそっと退かしてあげるのが。
起きて一番初めの、僕の仕事になっていた。
しんっと静まり返った朝のキッチンに立つのが何だか好きなんだ。
妻に先立たれた当初は本当に余裕も無くて、忙しい朝に自分の準備よりも。
息子を最優先に考えて行動をしていた為に、ゆっくりとコーヒーを飲む事さえも出来ないでいた事あった。
けれど、いつからか。
一日の段取りを効率良く考えられるようになり、こうして静かなキッチンで自分の時間が出来始めて。
淹れたてのコーヒーを味わう余裕も出て。
まだ空気が動き始めていない室内をぼんやりと見渡し、さぁ、やるか。と。
自分に気合いを入れ直して、また僕の一日が始まっていく。
「おはよ…」
気合いが入った所に丁度課長も起きて来て。
ボサボサ頭で、寝癖が変な方向についてしまっているのは、恐らく息子の寝相に悶絶した所為。
申し訳なさと、まだ寝ぼけ眼の課長の為にと甘めのカフェオレを用意してあげると。
途端に表情を緩めて、ふっと笑う。
カフェオレ一つで、何がそんなに嬉しいんだろう?
だけど。
髭面、ボサボサ頭、スウェット姿。
飾らない課長の朝一番の笑顔が自分に向けられているっていうのが。
僕にとっては堪らなく、
…嬉しかったりして…
「なに…俺、なんか変?」
「…いえ、別に」
「ふうん」
何だかな、随分と僕はこの人に嵌ってしまったようだ。
仕事をしつつも、頭の中では別の事が飛び交う。
着替え…よし、おもちゃ…は、あっちの家にもあるな。
久々にあちらの御両親に息子を預けるんだ、出来れば持たせる荷物は抜かりなく完璧に用意しておきたい。
『チャンミンさんったら、忙しいみたいでそこまで手が回らないのかしら』なんて、思われたらたまったもんじゃない。
なんせ、僕一人でも充分子育て出来ますと言い切った過去があり。
出来れば。
今回も妻の方では無くて、僕の両親へ頼れたら一番良かった筈なんだ。
ま、ウチの両親もまだ二人共現役で働いているから融通性としては妻の実家の方が自営な分、利くんだけど…
「何だか、今日は絵に描いたように上の空だったな」
くすくすと隣で買い物カゴをぶら下げて笑う二枚目な男が近頃、口調が以前よりも雄々しくなっているのでは無いかとふと気付き。
その事を本人に昨夜の甘えモードの前に聞いてみたら、『キャラを戻しただけ。でもまだ時々良い子ちゃんが抜けなくて』と。
意味不明な答えが返って来ただけで、疑問は解決しないまま迷宮入り。
ま、大して問題も無いからそれ以上追及はしなかったけれど。
男前な課長が雄々しくなればこれこそ天下無敵…
はぁ、、
「お~いシム君?戻っておいで~」
「うわっ、、、す、…すみません…わわわ…」
「いや、うん。はいジャガイモ。ちょっと角が潰れちゃったけど別にいいよね?」
「はい、、大丈夫です、、煮込めば形なんて別に…」
「そっ、ならいいけど」
「はい…」
「…やっぱり、心配?ずっとボーッとしてるし」
「えっ、、!いや、、別に…」
「別に?本当??強がらなくていいよ」
「や、、本当、、そんな別に……」
「ふうん、…そう」
「あ…や……その、、、」
「その?」
「その……課長が…」
「へ?お、れ?」
「はい、、課長が、、、モテるのは分かってますから、、別に嫉妬とか、そんなのしませんから!」
「…なんの話?」
「………え…?」
…かかなくていい恥をまたしてもこのスーパーで僕はやってしまったようで。
息子の園に着くまでの間、僕の隣では吹けない口笛で変な節を付けて。
課長は終始ご機嫌の様子だった、、、

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