オトコはツライよ #36

……一体、あれは何だったんだろう。
気を抜けば食われるんじゃないかと、本気で覚悟をしたのに。
あれから今日で一週間が経つ。
「シム君」
「はい」
「あのさぁ、、今日も泊まっていってもいいかな…?」
「えぇ、…別にいいですけど」
連日連夜、同じやり取りが続いていて。
課長はここ最近、ほぼ僕のウチで過ごしていた。
自宅に帰るのは本当一瞬だけで、近頃は家着用の服も僕が一緒に洗濯をしてあげているから。
朝、昨日とは違うスーツを選びに帰るだけだったりする。
昼こそお互い別々に摂ったりするものの、朝も夕も一緒に御飯を食べ。
更に同じ床で寝るんだから、これはもう家族同然。
でも明らかに他の一般的な家族と違うのは。
今、テレビを見ながら眠たい目を僕の背に擦り付けている人が。
お父さん役なのか。
それとも、愛息子を懐に抱き入れながら寝る僕が。
真のお父さん役なのか。
そこら辺をはっきり出来ないのが、他とは少し違う家族像だと言える。
だけど、会社では上司と部下の立場であるだけに……
「いよいよ今週末ですね」
「ん、あぁ。意外と日にちが無くて周りも焦っただろうな」
「えぇ、本当に。でも、おめでたい話なら喜ぶべき事柄ですから、文句があっても言えませんよね」
「はは、確かに」
リビングでいつもの甘えモードに入って寛いでいても、社内の事も少なからず会話の内容に入って来てしまうんだ。
そして今の話の内容としては、僕と一緒に異動をしてきた歳下の同僚が所謂できちゃった婚をし。
相手方の体調を考慮しつつ式の段取りを組んだ為に、一気に式のスケジュールが早まってしまったとかで。
課長も含め、職場で招待状を手渡しされたのがほんの数週間前の話だった。
課長は特段焦る様子も無く、その場で出欠の返事をしたくらいにして。
おめでたいムードをウェルカム状態で受け入れていたんだけど。
僕は、と言えば。
口では『良かったな』とは言いつつも、裏の顔では『急過ぎるだろ、、あぁー、、』と青ざめていた。
仕事の合間を縫って、招待状を片手に、先ずは自分の両親の都合を電話で確認をし。
Noの答えが返ってくると、直ぐさま妻側の御両親へも連絡。
幸いな事に式のある週は予定が空いているから好きなだけ預けなさい、とのお言葉を頂き。
ようやく安堵してスマホを耳から離した時には、手にしていた招待状は僕に握り締められてぐしゃぐしゃになっていた。
「式用の礼服とか、ちゃんとクリーニングしてあります?」
「あぁ、うん。昨日家に戻った時に探したら、前回クリーニングに出した時のままあったよ」
「えっ!」
「ん?」
「いやいや、、、それってあの透明なビニールが掛かったままって事ですよね、、」
「うん、そうだけど。何?」
「…因みに前回ってどの位前の話ですか…」
「えっと…ここ1年半位はそんなお祝い事が無かったから…」
「今すぐ家に戻って外して来て下さい」
「は?」
「通気性が悪くなっているから服も傷むし、匂いが篭ってるかもしれないですから」
「へっ?」
「へ、じゃない。ほら早く行って来て下さい!」
「あぁ、うん、分かったから、、今、行って来るって」
背中から伝わる課長の体温が高くなりつつあったのを分かっていた僕は。
心を鬼にして眠たそうな課長の尻を叩く形で自宅へと戻らせた。
そして、何分もしない内に。
「ただいま」
ぐしゃぐしゃのビニール袋を手の内に丸めた課長がウチへと飛び込んで来る。
「はい、それは明日のゴミと一緒に捨てますね」
課長の手に掴まれたビニール袋は、ぐしゃぐしゃのままポンッと僕の手の中へと移動する。
「ふふふ」
「…何ですか?」
「いや、何でもない」
「はぁ、…?」
「ん、色々有難う」
有難う、その感謝の印で
軽くハグ?
そしてそのまま自然と身体に馴染んだ流れの様に、手を引かれ。
「寝ようか」「えぇ」
部屋の電気を消して、息子を挟んで両端の布団に潜り込む二人。
「おやすみ」
「…はい、おやすみなさい」
実は、まだ僕らはあれから何の進展も。
無かったりするんだ。

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