オトコはツライよ #32

不覚にも、課長の一言に悩殺され。
スーパーの真ん中でしゃがみ込んでしまった僕。
顔も熱いし、恐らく耳も赤い。
でも、いくら経っても心臓のバクバクが治らないんだから顔を上げるわけにはいかないのに。
「シム君~」
上からは呑気な声が降って来て。
暫くすれば落ち着くからと、自分に言い聞かせてその声を無視し続けながら。
平常心を取り戻す事を心掛けていたら。
「早く帰ろうか?」
突然、声が至近距離から響き。
そっと腕の隙間から覗いてみれば、直ぐ横に課長も僕と同じ様にして屈み込んでいた。
そして。
ぽんほんっと、頭を撫でる掌の感触。
「…はい」
結局、平常心は僕の心へとは戻っては来なかったけれど。
それでも何とか返事を返し、何事も無かったかのようにシャキッと立ち上がっては会計へと進んだんだ。
…だって、此処じゃこれ以上はその、、甘えられない……から…
だけど、課長はこんな風に赤面したり、突如平静を装う僕を相変わらず菩薩スマイルを浮かべて優しく見守っているだけ。
本当、何考えてるか分かんないな…
でも。
その行動の謎はちゃんと意味のあるものであったり、少なからず僕への配慮にも繋がっている事があるんだって知ってしまうと。
……ふへ……
やっぱり顔の緩みが抑えられなかった。
今日は二人揃って園へお迎えに行った事で、息子は完全に仲直りをしたと思ったらしく。
ぴょんぴょんと跳ね回って喜びを体全体で表現をして見せるその愛らしさにまた胸が締め付けられた僕は。
飛び跳ねていた息子を思わずぎゅうっと胸の中に押さえてしまったんだ。
すると。
抱き締められた息子は驚きからか、腕の中でじたばたともがき出す。
それもその筈、息子は最近自分の足で歩きたがって僕に抱っこをされるのをよく拒むようになって来ていたんだ。
折角、楽しくて飛び跳ねていたのにそれを突然制されて息子も慌てたんだろう。
でも、それさえも僕には何だか愛おしくて。
「ごめん、ごめん」
謝りながらパッと腕の力を緩めると直ぐさま腕の中から息子は抜け出してしまう。
側にいた課長はそんな僕らの様子をただ突っ立って見ていたんだけど。
…気の所為かな?何だか微妙な表情を浮かべていたような…
僕の行動がそんなに可笑しかったか?
息子のペースで歩いて帰った為に、すっかりと帰宅するのが遅くなり。
急いで夕飯の支度をする僕と、リビングで息子と遊び出した課長の呼吸はピッタリだった。
もう前みたいにわざわざ誘わないのに、一旦自宅にスーツから部屋着に着替えに戻っても、課長は当たり前のようにまたウチに来てくれるんだ。
段々と、課長は僕と家族みたいな関係性になって来ているんじゃないだろうか?
それはそれでいい気もするんだけど…
「俺は拒まないよ?おいで、シム君」
息子が寝た途端、にっこりと笑った課長が。
僕を前にして両手を広げた。
…やっぱり、家族じゃなかったか…
でも、今日は後ろから息子に背を押されなくても。
僕から、飛び込んで行きたい気分だった。

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