オトコはツライよ #5

あれから何度か課長は僕の家に出入りをし。
出来上がった鍋に舌鼓を打って喜んだ。
たかが鍋。されど鍋。
鍋の世界は奥が深い。
「今日は一段と冷え込むね」
「ですね」
「じゃあ今日はあれだね」
「…今度は何ですか」
「コプチャンチョンゴルでしょ」
「課長、好きなんですか…?」
「はは、うん。あ、でもカムジャタンも捨て難いかな」
「……ですか」
なんだかんだ言って結局はスーパーで仕入れた材料費は課長が全部持ってくれるから。
言われたリクエストは無下には出来ない。
息子の事を優先にしていた時は辛さがマイルドな鍋ばかりだったのに。
近頃は真っ赤な鍋のオンパレード。
けれど、幸いな事に息子は僕の味覚に似たらしくて。
辛い鍋も少しだけ薄めてあげれば気持ちいいくらいにペロリと平らげる。
そんな息子の食べっぷりを見て。
課長はしきりにこう言うんだ。
「親子だね」
んなの当たり前でしょ。
でも。
…嬉しかった。
実は息子は僕にあまり似ていない。
目の大きさや唇の形から髪質まで、全然違う。
母親似と言うよりも、どちらかと言えば妻の父親にそっくりだった。
所謂、隔世遺伝ってやつだ。
だからこそ。
他人から見たら親子に見えないんじゃないかって。
それが僕の密かな悩みであり、過敏に反応してしまう事柄でもあった。
だけど課長は僕の微妙なそんな胸の内なんて知らない筈なのに…
「……親子に見えて良かったです…」
「あは、血が繋がってるから親子に見えて当たり前でしょ」
アンタが言うか、それを。
「いいね」
「何がですか」
「近頃シム君の笑顔が増えたから」
「だから……いつも笑ってますってば」
「いやいや」
「いや…って、このくだりはもういいですから!」
あははって。
相変わらず呑気だな。
呑気なのもいいけど、近頃息子の笑い方が誰かさんに似て来てるのは気の所為なんだろうか?
鍋で腹を満たして。
少し胃を休めてから僕はキッチンの後片付けをする。
その間に課長が気を利かせて息子を風呂に入れてくれたのは先回が初めての事。
人見知りしがちな息子が他人と一緒に大人しく入ってくれるのか心配で。
食器を洗いながら耳をそばだてた。
特徴のある笑い声と息子のはしゃぐ声がすぐに聞こえて来て。
僕はホッと胸を撫で下ろした。
それからなんだ。
息子の笑い方が若干、課長っぽくなったのは。
「今日もボクが一緒に入ってもいいのかな?」
助かるんですけどねぇ…
「……お願いします」
正直、複雑なんですよ。
課長に似るのは…

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