君はこの手の中に ~前編~

(今年もこの時期がやって来た…)
入社二年目の春、恒例行事を尻目に僕は夜空を見上げていた。
まだ日中との寒暖の差はあるものの、淡い花弁が陽気な宴を盛り上げる。
腹の底から湧き上がる熱に皆、笑いが止まらない様子だ。
(はぁ…平和な事で)
うちの社長は良く言えばグローバル、悪く言えば適当な人で。
輸入家具メーカーとしてはそこそこの業績を保ちつつ、自分が気に入った異文化の物に対しての熱意れは凄まじく。
春になれば日本から移植した桜の花を愛でては《お花見》と言う文化を堪能し。
そしてその宴会の必須アイテムとしてモンゴルの遊牧民の家屋であるゲルも設置されるのである。
しかもゲルを設置する為だけに、モンゴルから遊牧民出身のドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ、長え…。
通称ドルジさんを雇用して来たらしい。
お陰でそこら辺にねっ転がってる人々は様々な国籍が入り混じっている。
(カオスだ…)
「シムサーン!help me!!」
(おっと。早速、お呼び出し)
「What's the matter?(どうしました?)」
「ユノサンガ、、、」
「Ah………I this person was over nuisance(この人が迷惑を掛けましたね)」
(全く…何やってんだ?アルコールに弱いくせして人が集まる所では飲みたがる…)
「ヒョン!ユノヒョン!…起きない…」
「おーいシムーっ!ユノも潰れたんならゲルの中でも寝かせてこっちで飲もうぜ~」
「あー・・・でも、ユノヒョンはこのまま僕が送りますよ。ここで倒れてる人達を全部ゲルに寝かせたらユノヒョンも邪魔になりますからね」
「邪魔って(笑)まっ、お前の過保護っぷりも今に始まった事じゃないしな。シムの好きにしろ~じゃあ気を付けて帰れよ~!」
「はい。分かりました。じゃあお先に失礼します」
(過保護…そう見えるのか。…へぇ)
「~うーーーーん、、もう飲めない~~…」
「はいはい、もう飲ませませんよ。少し歩いて帰りましょうね」
(あれ程、事前に飲み過ぎ注意って言ったのに…躾直す必要がありそうだな…)
【躾その1】
寝る前に散歩。出す物を出してスッキリさせてから帰宅する事。
「チャンミナぁ~~」
「はい」
「ぎもぢわるい、、、」
「はいはい、もう直ぐトイレですから。頑張って歩きましょうね」
「うぅぅん、、、」
ー 20分後 ー
「はぁーっスッキリしたぁ~。ん、ここどこ?」
「公園です」
「そりゃ見れば分かる。じゃなくて…初めて来たからかな?どこの公園なのか分かんない」
「あぁー・・・」
(今までは敢えてこの公園に入るのを避けていたんですけどねぇ…)
「なんだか…男ばっかり、、、って言うかあそこ!チューしてないっ!?」
「してます、してます。だからもうちょっと声のボリュームを落として下さいね」
「えー、、何で男同士で、、!?しかも公園でいいの!?公の園だよ?ね、、チャンミナぁ~~」
「はいはい、びっくりさせてすみませんね。ちょっと落ち着きましょうか」
「う、、うん…えっ、どこ行くの?」
「ユノヒョンの声が大きいので人気の無い場所へ移動するだけです」
「あ…ごめん…」
(別に謝んなくてもいいんですけど…僕にとって好都合だから場所を移るだけなんで)
「ハッ、、、ハッ、、ッ、、ァ」
「早くしないと人が来ちゃいますからヒョンの感じる所だけ攻めます」
「ん、、わか、、、った、、、、あの、、さぁ、、」
「何ですか?」
「、、きも、、ち、、い、い、、?」
「…すげぇ気持ち良いです」
「ははっ、、お、れ、、もっ!、、」
「・・・」
(やばい、可愛い)
「づ、、ンァ!、、激しっ、、!!」
「すみません、声漏れるから口塞ぎますね」
「ん゛ーーーーーーッ!」
ー 帰宅 ー
「ケツが冷えたぁ~~!馬鹿チャンミナぁーっ!」
「はいはい。じゃあ熱めのお湯であったまりましょうね」
(人の事を馬鹿とか言ってるけど、立ちバックで興奮してたのはどこの阿保だよ)
「…チャンミナぁ…チューして…」
(あんたまだ酔ってんな?口の中、あつ…)
「ヒョン」
「ん、、?なに、、」
(ちょっと舌絡ませただけで蕩けちゃって…可愛い…)
「お風呂上がったら寝ますよね」
「うん」
「じゃあ寝る前にミルク欲しく無いですか?」
「・・・・う、、うん」
「よしよし、良い子です」
「でも、、今日は、、上手く出来ないかも、、」
「いいですよ。ヒョンが咥えてくれるだけで僕は幸せなんで」
「チャンミナぁ~、、」
「でも。ちゃんと最後までイカせてくれたら、下のお口にもミルクをあげようとは思ってます」
「!?…オレ頑張る」
(ぷっ、どんだけ欲しいんだよ)
「…本当、ユノヒョンには敵わないや」
「ん゛~?ばふびはひっや?」
「咥えながら喋んない」
「(コクッ)」
「よしよし」
【躾その2】
期待に応えたら、たっぷりとご褒美を与える。
僕には付き合って一年と8ヶ月になる彼氏がいる。
勿論、それはこのユノヒョンだ。
日に日に僕好みの可愛い人になっていくこのヒョンの事が好きで好きで堪らない。
そして、奇跡的に社内では二人の仲を知る者も居ない。
地道に愛を育み続け、今の二人の関係があるんだ。
地道に。…そう、地道にね。
出会いは入社して直ぐに行われたオリエンテーションでの事。
二年先輩のユノヒョンが就業規則や会社の方針、そして自分が現にこなしている業務の説明などを分かりやすくユーモアを交えつつ新人の僕らに話してくれたのが………
キッカケでは無い。
その時はただ面白くて好感の持てる先輩ぐらいの印象で。
でも、同期の女子はユノヒョンの甘いマスクに何人かは落ちていた。
そして実際に研修期間を終えて職場に配属されてみれば僕はユノヒョンと同じグループだった。
ユノヒョンはその持ち前の人当たりの良さと、独特のセンスで着実に顧客を増やし。
僕はそのヒョンについて回り、本当に仕事の出来る人だと思い知らされたんだ。
でも、それもキッカケじゃ無かった。
ある時ふとユノヒョンだけが社内でクロックスを履いているのに気付き。
その事を何気無く隣に居た王(ワン)さんに尋ねたら、身振り手振り付きで説明をしてくれたんだけど…
ユノヒョンはコーナーの角やドアなどに足の小指をしゅっ中ぶつけているらしく、渉外で愛用している革靴だと傷だらけになるから履けないとか。
だからユノヒョンには誰も台車を使わせないんだと。
台車なんかを渡したら、社内の角という角が丸くなるからな!がははっ!
と、王さんは最後は豪快に笑ってみせた。
しかし。
僕にはそのエピソードが笑えなかった。
胸キュン….
(大型の馬鹿犬っぽい…)
つまりはここで、僕は恋に落ちたんだ。
知れば知る程、ユノヒョンは完璧じゃ無く。
寧ろ"可愛い"の塊のような人である事が分かり。
それと同時に僕は猛プッシュを掛け始めた。
どんなに警戒心の強い犬だとしても、徐々に手懐ければ心を開いてくれるものだと思う。
その点、ユノヒョンは最初からオープンで快く僕を受け入れた。
『今夜、仕事帰りに飯に行きませんか』
取り敢えずは時間外も一緒に過ごして貰う事。
『好きそうなアイスがあったんで買って来ました』
好物で好感度アップをはかる。
『この案件が終わったらうちで飲みませんか』
酔ったヒョンは可愛い。お持ち帰りもいいけど、更にハードルを上げてみた。
『休日も暇してるんで、買い物なら付き合いますよ』
平日も、休日も一緒。僕以外、入り込む隙を与えない。
そしてトドメは既成事実。
ヒョンと出会って三ヶ月目、プッシュを掛け始めて二ヶ月半が経った頃の話だ。
もう休日前のお泊まりが当たり前になり。
僕のダブルベッドに揃って寝るのも違和感が無くなっていたヒョンに、程々のアルコールを摂取させた。
で、何故か目を覚ますと僕が乱れている。
それを見たヒョンが酔った勢いで僕を襲ってしまったんだと勘違いをして。
平謝りをするのを僕が広い心で許し、ヒョンにもヤらせてくれと持ち掛ける。
と言う筋書きを作った、、、筈だったのに…
蓋を開けてみたら何故なのか僕だけじゃなくて、半分までしか脱がせなかったユノヒョンまでも全裸だったんだ。
ヒョンは筋書き通りにひたすら謝って、許した僕に対しても心底嬉しそうだったし。
ヤリたいと言えば素直に頷いた。
未だに二人揃って全裸の謎は解けていないけれど。
結果的に晴れてこうして恋人になったのだから細かいプロセスは問題じゃない。
ー 花見翌日ー
「お前、、昨日何回ヤッた!?」
「…2回、ですかね」
「嘘付け!何だ、今の間は…ったく、、ケツがいてぇ…腰もだる…」
「…ヒョンも喜んでたくせに」
「あ?何だって!?言いたい事があるならハッキリ言え!」
「何でもありません。空耳ですよ。それよりも今日は休みですし、ゆっくり休んでていいですから」
「当たり前だ、、!こんなんじゃ動けねーよ」
(酔ってるとあんなに素直なのに…まっ、そのギャップも可愛いいだけなんですけどね)
「じゃあお詫びに今日はヒョンの好きな物ばかりを作りますから」
「マジ??」
(ほら、もう機嫌が直ってる。単純明快…はぁ可愛い)
「はい。大マジです。ついでに食事の介助付きです」
「・・・・お、、おおっ…///…」
(あーん、されてる自分を想像して照れてんなぁ…本当、死ぬ……可愛い過ぎる、、)
やっぱり今夜も少しだけ酔って貰うしかないかな?
こんな可愛い生き物を傍らに置いて、何もしないで寝るなんて拷問だろ。
「……チャンミナ。顔に"ヤリたい"って書いてあんだけど、、ケツが裂けたら責任取れよ、お前!」
「はい、勿論そのつもりです」
「はぁ゛っ、!?」
「どの国でも僕は大丈夫です。その為の準備も出来てます」
「・・・・」
当たり前だ。
ヒョンとこう言う関係になってから徹底的にそこら辺の事はリサーチ済みだ。
どの国がいいとヒョンが言い出すか分からなかったから取り敢えず英語が完璧に話せるようにネットで英会話も身に付けた。
アジア圏でもEUでもアメリカでもどこでもいいんだ。
ただ隣にヒョンが居ればいいと思っている。
「…あっそ…」
「はい。ヒョン次第です」
「ん、分かった。俺ちょっと寝るわ」
「おやすみなさい」
ヒョンが次に目を覚ますのは大体二時間後かな。
それまでに洗濯物を干して、買い物に行って。
食事の用意をする。
充分、時間は足りるな。
余ったらいつも通り妄想で潰せばいい。
ヒョンに必要な躾パターンでも考えるか…
