遅咲きの春、そして恋 #2

夕飯は出歩けない俺の代わりにヒョンが近くのスーパーで食材を仕入れてきてくれ。
お金を渡そうとしたら、「要らないよ。どうせ僕の方が沢山食べんるだから」と笑って受け取ろうとはしなかった。
そう言えば大人になったヒョンとは一度もご飯を食べた事が無いんだっけ?
この細い体で大食いと言うイメージが俺には到底湧かなくて、いつものヒョンの気遣いだと思って財布は仕舞ったんだけど…
「・・・本当に、よく食うんだね」
「でひょ?」
ヒョン。食うか喋るかどっちかにしろって親に言われなかったっけ?
俺がそれまで勝手に抱いていた繊細なイメージが大きく覆される程の気持ちの良い食いっぷり。
焼き上げたお肉をもきゅもきゅと頬張って、ガァーっとビールで流し込む。
「プハッ」
これで空になったビール缶は2本。
よく食うし、よく飲むし。
見ていて本当に…面白い。
そろっとヒョンの手前に置かれた3本目のビール缶に手を伸ばそうとすると「ダメ!怪我に響くよ!?」とギロリと睨まれる。
って。本人は睨んでいるつもりみたいだったけど、その目には薄っすらと膜のような物が張っていて。
睨めば睨む程、うるうると今にも溢れ落ちそうな瞳に変わっていたから。
正直、全然凄みが無いよね。
でも。フゥーッと獲物を横取りされる獣ごとく鼻息を荒くし、うるうると朱色に染まった頬っぺたで威嚇するもんだから。
俺は内心、面白いもんを見たなぁと笑いを噛み殺しつつ「じゃあ、俺が無事にヒョンと同じ大学に受かったらまた一緒に飲んでね?」なんて、軽く約束を取り付けて手を引っ込めた。
そしてたらヒョンってば。
「うん」って嬉しそうに頷いたかと思えば、直ぐにシュンとして。
「こうやって教えるのもあと僅かだね」とかいきなり萎れた菜っ葉みたいに項垂れる。
「受かったら今度は大学で会えるじゃん、あん時みたいに偶然擦れ違う事もあるんじゃない?」
合否次第では今生の別れがあるみたいな、そんな落ち込みっぷりのヒョンを慰めるつもりで言ったんだけど。
ヒョンはちょっぴり目を泳がせて、小さく「そうだね」と頷くだけだった。
そして最後に一気に3本目のビールを煽り。
「ここは僕が片付けちゃうから、ユノ君は先にお風呂に入って来てよ」と、何だか吹っ切れたようにケラケラと笑って俺を風呂場に押し込むんだ。
・・・変な、ヒョン。
風呂つったって、腫れた足を温めないように、シャワーで済ませるしかなくて。
そそくさと浴び終えてしまってからふと、「あ、着替え」と思って浴室の外に出た時点で気付いたら。
丁度着替えを抱えて入って来たヒョンと鉢合わせして「助かった~ヒョン!サンキュ」って濡れた体のままその服を受け取ろうと近寄ったのに。
「うわっ、ばっ、△☆、、、‼︎」
意味不明な言葉と共に服を俺に投げ付けて出て行っちゃった…
なになに?何か悪い事したの俺!?
暫く呆然と立ち尽くしてはいたけど、どんどん体から熱が奪われて行くし。
慌ててヒョンから渡された服に着替えて部屋に戻ると、ヒョンは5本目のビールに突入していたんだ。
「ヒョン…服、有難うね」
ご機嫌をどうして損ねたのかは疑問のままだけど、お伺いをたてるようにそろりとヒョンの横に腰を下ろしながらその顔を覗き込む。
すると、ヒョンは酔いが程々まわった顔で。
「…別に」
って、口調は冷たいのにふにゃりと口を緩ますんだ。
・・ん?
なんか体の中を何かがせり上げた気がするけど…まぁ、いいや。
「けどさぁ、ヒョンがこんなに飲むなんて知らなかったよ」
空になった缶をツンと指先で突くとカランと倒れてコロコロとテーブルの上を転がる。
そのコロコロと転がる缶を目で追ってたヒョンは、相変わらずふにゃりとしたまま。
「だって、、、ヒック…明日はやふみでしょう…いっぱい飲みたいもん」って。
その言い草が、また。
普段、口数は少ないものの、はっきりと考えを纏めてから端的に言葉を並べるヒョンとは思えない程にだらしのない口調。
でも、また何かが俺の中でせり上がるんだ。
あれ?さっき風呂場で体を冷やしたのがまずかった?
慌てておでこに手を当てても熱はなさそうだし。特段、寒気が襲ってくる気配も無い。
ん、気の所為だな。
そう気を取り直して、目の前に居るほろ酔いのヒョンがこれ以上ペースを上げて潰れない内に例の事を聞き出す事にしたんだ。
「ね、さっきの話だけどさ…エッチっていいものなの?ヒョンはあるんでしょ?」
先程同様に率直に聞いてみたけど、今度はヒョンがほろ酔いで思考が上手く回ってない様子。
ぼんやりと、天井を見上げると。
「わかん、なぁい」
そう言ってヘラッと笑った。
そしてそんな感じのままで俺に。
「ユノ君はしたいのっ、かなぁ…?」
ヒクッと体を跳ねさせて、顔はほんのりと赤く色付く程度。
でも、近付いた距離は今までで一番近かったかもしれない。
って、昔はよくじゃれ合っていたからこんな距離も普通だったんだろうけど。
男同士とは言え、大人になったヒョンとこうして息が触れ合う距離を保つ事なんて無かったし。
なんて言うか、酔ったヒョンを見るのも初めての事ってのもあった、し…
酔ったヒョンが何だか、その…無邪気に見えるのもあった…し…
「…したいよ。ヒョンはそんな想いをどうするの?」
だとか。
んなの、決まってんじゃん。
同じ男だから溜まったらどうするかなんて分かってんだけどさ…
アルコールで火照った体に、ヒョンが着替え直したニットは暑いらしく。
じんわりと額に汗が滲んでいる。
けれど当事者は俺が言った事をとろんとした顔で反芻してるだけ。
やっぱり結構酔ってるな。
ヒョンが答えを出さない内に畳み掛けるように自然に。
「暑いなら脱げば?」
目の前にあるニットの襟ぐりをぐいっと引き寄せると「あっ」とバランスを崩して、俺の肩口にすぽっと収まった。
やっぱり、体が熱い。
「脱ぎなよ、手伝ってやるから」
ヒョンを支える格好のまま両脇にたわんだ服を手で掴んで体から引き抜く。
途端にむわっと籠った熱が、俺の手の中にあるニットにも、ヒョンの体からも発せられ。
「ひゃあ…」
同時にヒョンは背にあったベッドに腰から折れて背中から倒れこんでしまう。
長い脚だけがこの俺が座り込んでいるカーペットに残されていた。
小さな水の粒が肌の上で弾いて、火照った体を包み。
ハァ、と息を吐く度に控え目に割れた腹筋が上下する。
そして俺の視界にはダイレクトにヒョンの股間が映り込み。
後から考えれば本当に馬鹿だなぁと思うのに、その時は頭の中がそんな事でいっぱいだったから。
つい。
「下も脱いで楽になればいいじゃん」
ヒョンの了解なんて最初から得る気もなく、細身のヒョンに大きめなボトムスは脱がせるには割とあっさりだった。
もっとジタバタするのかと思ったら意外にも「あ、、涼しいっ」って前のジッパーを下げたら直ぐに腰を浮かしていやに協力的な体勢。
なんつうか、変な話だけど。
この時点で俺は不覚にもこの雰囲気にムラムラしてしまっていたんだ。
ピタリと締まったボクサーパンツの中央部分はもっこりと膨らみを主張していて。
少なからずヒョンも興奮状態にあるようだし。
そっと触れるとビクッと体全体が跳ねて。
立ち上がって同じようにベッドに腰掛けた俺の視界には目を瞑ったまま、口を薄っすらと開けて淡い呼吸を吐き続けるヒョンが横たわっていた。
その瞬間、ぞわぞわっと何度も寒気が走って。
全身に鳥肌が立ち上がり、胸の動悸がおかしなくらいにバクバクと音を立て。
その時、瞼を開いたヒョンが何か言おうと口の中の舌がチロリと蠢いて。
見えたのが、赤い舌、だったから。
ヒョンが言葉を発するよりも早くその唇を塞いでいた。
流石に突然こんな展開になったんだからヒョンも身動ぎすると思っていたのに。
全く抵抗も見せずに俺の拙いキスに薄い唇を更に喰ませて来たんだ。
なんかもうそうなると抑えていた箍が脆くも崩れ去り。
もっと、とせがんで口を開けたヒョンの中からあの真っ赤な舌を捕まえて。
絡めては吸い上げ、柔く歯を立てて、そして無我夢中で貪った。
息つく間も無いくらいに二人はキスに夢中で。
いつの間にか俺までベッドに横たわってヒョンと同じように股間を膨らませているのに気付いたのは。
ヒョンが俺の股に自分の膨らみを押し付けた時に全身に電気が走ったからだった。
その後はもう本当に二度とジーンズなんて履くかよ、と思うくらいに脚から引っこ抜くのが早いか、ヒョンが俺のを擦り上げるのが早いか。
結局、中途半端に下ろしたまま堪らず俺の手もヒョンに伸びて。
ぬるぬるがすげぇ気持ちが良くて俺もヒョンもハァハァしちゃって。
最後には重ねて二人で扱きあって。
ヒョンがヒョンらしくない声を出して先に果てて。
それでそれを見た俺は更に俺じゃない声を上げて果てたんだ。
あちこち、べとべとで気持ちが悪いのに。
不思議な事に頭の中が言葉で表しようのない充足感に包まれていて。
俺はその充足感に包まれたまま、深い眠りへと堕ちていった。
「…くちっ」
暖かさと肌寒さの狭間でぼんやりと思考が揺れる。
肩に触れる温もりを腕に引き寄せるとそれは硬くて大きな塊だった。
ん・・・?
目を見開くと徐々にクリアになって来た思考に昨夜の出来事がフラッシュバックする。
ヒョンと、俺…
その腕の中の塊もモソモソと動き出してパッと俺を見上げ。
そして、固まったんだ。
「ユノ…くん、、、えっ、えっ、、えッ!?」
俺に抱き着いてるし、しかもヒョンだけ裸だし、結局脱げなかったジーンズの所為で俺も中途半端に下半身を露出させてるし。
ヒョンがやっとジタバタと暴れ出して、事態が飲み込めて来たんだと分かったんだけど。
なんて言うか、その。
この温もりを逃したくないと言うか。
もう少しだけ体を離したくないと言うか。
「おはよ、ヒョン…」
そう言ってギュッとまた腕の中に包み込んだ。
すると、俺に包まれたヒョンは耳の端を赤くしてふごふごともがき。
プハッと顔だけ抜け出して。
ヒョンは俺を見て。
俺はそんなヒョンを見て。
"可愛いなぁ…"
その単語が急にポコッと浮かぶんだ。
…ん?
何だこれ。
一度湧き上がったその想いは、消える事も無く。
その後もヒョンがシャワーを浴びたいから離して欲しいと言えば、俺も一緒に、なんて信じられない事が口からついて出たり。
それは本当に勘弁してと、ヒョンが逃げるように風呂場へ去った後も。
ベッドに残されたヒョンの温もりを抱き締めて心が暖かくなったり。
サッパリさせて来たヒョンからホカホカと湯気が出ている姿にゴクリと生唾を飲んだり。
次いでシャワーを浴び終えた俺の為に簡易キッチンで料理をする後ろ姿に胸が高鳴ったり。
気不味い感じで俺の視線を外しながらも、もきゅもきゅとご飯を咀嚼するそんなヒョンが。
「…可愛い」
そう思った。
そして、それは言葉にしてしまっていた。
昨日みたいに口の中に詰め込んでいた物を盛大に吹き出したヒョン。
ゲホゲホと咳き込んで苦しそうなのに、それさえも俺には。
「…可愛い…」
口にする度にどんどんヒョンの顔が歪んで真っ赤になっていくけど。
そんな顔だって可愛いくて。
むぎゅって真っ赤なほっぺたを両手で挟んで。
ちゅっ、てキスをしたんだ。
「ユノ君、、?」
今にも泣きそうなヒョンは今まで見てきたどんなヒョンよりも俺の胸を締め付けるから。
「好き、かも」
そう言ったらボロッと本当にヒョンは涙を流してしまった。
昨日から俺の瞳に映るヒョンがまるで別人みたいに可愛いのは嘘じゃない。
だからってキスをしたり、エッチな事をしたのはそれだけじゃない気がして。
咄嗟に口にした気持ちが何だかしっくり来るような気がしただけ。
だけど目の前でボロボロと涙を流してしまったヒョンにはそれがどう伝わったのか不安で、不安で。
好き、かもが…
はっきりと"好き"に変わっていくのが分かった。
なのに。
「冗談でしょう…?」
寂しげに笑うヒョンの心が。
多分、傷付いてる。
だから、俺はこの想いが冗談じゃない事をもう一度伝える為に。
涙を流す頬にゆっくりと唇を寄せて。
「ごめん…ヒョンは嫌かもしれないけど。俺はヒョンにキスしたいんだ…」
またちゅっ、と触れる。
片眉を下げる癖はヒョンの照れ隠し。
って事は嫌じゃない?それならもっと、いいかな?
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ…
キスをする度にふわっ。ふわっ。ふわっ。
締め付けられた俺の胸の中がヒョンでいっぱいになり。
満たされて、柔らかな気持ちが舞い降りる。
ね、ヒョン?
俯いてキスを受け続けていたこの時のヒョンの気持ちを。
俺は勘違いしてたんだよね?
俺はね、この時。
ひとつずつ、キスを落とす度にね。
『俺を好きになって』
そう願いを込めてたんだ。
でも、この時のヒョンの気持ちを知るにはまだもう少し。
後だったね。
序章編完、と言う感じでしょうか(笑)
取り敢えずここまで( ̄m ̄〃)本当、すみません(笑)

- 関連記事
-
- 遅咲きの春、そして恋 #2 (2016/02/13)
- 遅咲きの春、そして恋 #1 (2016/02/12)