遅咲きの春、そして恋 #1

「あいつさ、脱いだら結構凄いんだぜ」
「ヘー・・・」
「何だよ、その気の乗らない返事はよぉ。ちえっ、つまんねぇの」
別にそんな話題に全く興味が無いわけじゃないんだけど。
自分の彼女とのその・・・エッチをわざわざ自慢してみせる悪友に少しだけ嫌気がさしてはいた。
だって、その相手の彼女ってのも同じ学年の女子であって。
まさか、その子としてはこんな風に付き合って間も無い彼氏に、服の下に隠された神秘のベールをこんなに簡単にバラされてるなんて思っても見ない筈。
自分のダチとはいえ、本当、デリカシーの無い奴。
この時のちょっと呆れた思いが、多分顔に出てたんだろうな。
すかさず悪友はにやりと悪い顔に変わり。
「ま、ユノにとってはそんなの見飽きてるってやつ?いいよなぁ~お前くらいにモテたら女なんて抱きまくりだもんなぁ~~!」
「わ!馬鹿、、声でけーよ‼︎」
バッと慌てて、ムカつくくらいにニヤニヤしている悪友の口を手で押さえても……時すでに遅し。
俺たちが立って喋っている場所も悪かった。
教室の前の壇上に一気にクラス中の視線が集中する。
男子はこの今にも殴り飛ばしたい男と同じようにニヤつきながら「おー!ユノの武勇伝か!?」と野次を飛ばしては「なんなら次の授業はユノ先生にやってもらおうぜ」とか。
所詮、18歳の男共なんて盛りのついた猿みたいなもんで。
猥雑な話が大好物だって事は百も承知。
でもさぁ、、ここには女の子も居るわけよ、本当勘弁して…
「ユノ君って…やっぱり…」とかいっそ聞こえないならいいのに、ヒソヒソと押し殺しきれてない女子達の会話が耳に飛び込んで来る。
で、恐る恐るその子達に目線を送れば慌てたように顔を真っ赤にして背けちゃうし。
もうぉ~、なんなんだよッ!!
なんで俺がこいつの所為で大怪我する羽目になってんだ!?
バシッと一発、悪友にお見舞いしてやったけど、それでも収まらない怒りをゴミ箱にぶつけるつもりで蹴りを入れたら。
それは意外にも頑丈で、蹴った俺の方が痛手を負った。
「っ、、!痛て、、」
もぉ、、何なんだよぉ…
「はぁ…」
「解けない?応用は難しかった??」
目の前には解きかけの数式。そしてそれを出した本人が俺とその問題を見比べている。
「ん…いや、これは大丈夫。もうちょいで解けるから」
そう答えては、結局また溜め息が口から漏れ出るだけ。
クスッと小さな笑い声が後ろから聞こえ、「一服しよっか」の言葉と共に。
コトリと、それはタイミングバッチリに差し出された。
そうそう。丁度、飲みたくなってたんだよね、コレ。
名付けて"ユノスペシャル!!"って、作ったのは俺じゃ無いけどさ。
とにかく旨いんだよね、コレ。
一口、含んだだけで舌全体に甘みが広がる。
猫舌な俺に合わせてこの飲み易い温度調節といい、砂糖とミルクのさじ加減といい。
文句無しに、旨い…
「はぁ…」って、思わずまた吐いちゃった溜め息は安堵の証し。
それに対して今度はクスクスと遠慮無しに笑われる始末。
「ヒョンっ、、、笑い過ぎ」
口を押さえつつも肩を揺らして笑うヒョンこと、チャンミニヒョンは俺の家庭教師。
一年前。同じように暖かい飲み物が恋しくなったこの時期に、ヒョンが俺に聞いたんだ。
『コーヒー淹れるけどユノ君はブラックでいいの?』って。
昔、近所付き合いがあった俺たちだから、勿論、猫舌なのは知っててくれたんだけど…
俺、実は飲めないのよ。ブラックが。
でもそこはほら、俺もなんつーか"飲めない"って言いたくないと言うか。
男としての変なプライドが邪魔しちゃったんだろうなぁ…
けど、なかなか進まないんだなこれが。
だって苦いじゃん、ブラックって。
でさぁ、それでもちびちびと我慢して飲んでたら横からスイッと。
『たまに甘いのもいいかなって思ったけどやっぱり甘過ぎたかも』とか。
そんな事を言いながらチラッと視線を寄越してくるから。
『ヒョン、甘いのダメじゃん昔から。…仕方ねぇなぁ俺が飲んでやるよ。はい、交換ね』
って、サッとすかさず自分のマグカップを渡して心の中では密かにガッツポーズの俺。
そして、ヒョンが置いたそれを飲もうと手にすると。
まだ口を付けなくても分かるくらいに甘い香りが漂って来る。ホッと、するなぁ。
『ん、甘ったるい…でもこれはこれで旨いよ』
そう言って、一応冷静を装って返したつもりだったけど。
その時、ヒョンはちょっとだけ口の端を緩めて何も言わなかった。
だから、その時思ったんだ。
ヒョンには見栄なんて張らない、って。
張っても、ヒョンはそれを分かった上でこうして俺を解してくれるんだから。
それなら最初から素直になった方がヒョンにも気を遣わせないって、そう思ってからは何でも一番に悩み事は相談してきた。
今、思うと。
家族でも無くて、親友でも無くて、ヒョンだけが俺の一番の理解者だったんだろうな。
だから、今回もこのくすぶってるモヤモヤとした胸の内を解き放ちたくて。
ただそんな単純な想いでヒョンに投げ掛けたんだ。
「ヒョンはさ、女の子とエッチした事あるの?」
"彼女いるの?" "キスした事あるの?"
そんなプロセスはすっ飛ばして単刀直入に聞きたい事を口にした。
そしたら自分で淹れたブラックコーヒーを美味しそうに喉に流し込んでいたヒョンは盛大に吹き出して、その後はゲホゲホと咳き込んじゃって。
残暑が過ぎて、少し肌寒くなってからはよく見掛けるようになった薄手のグレーのニットがコーヒーの水分を含んで所々に染みが出来ていた。
あーあ…やっちゃった。ヒョンに良く似合ってたのに。
「な、、なに突然、、!?」
俺の所為でそうなったのに、汚れてしまったニットが残念でそっちばかりに気を取られていたから。
咳き込みながらもちゃんと俺が言った事を確認しようとするヒョンの顔が物凄い事になっていたのに気付きもしなかったんだよね。
「ヒョン…真っ赤だけど大丈夫…?」
正直、こんなにも赤面したヒョンを見るのは初めて。
そうさせたのは自分の癖して、何だか急に心配になっちゃって、、、
ヒョンの勉強机から体を離して立ち上がろうとしたらズキッと爪先に鈍い痛みが走る。
「たたたた、、、、いってぇ、、」
踏み出した足を押さえてしゃがみ込む俺を今度はヒョンが心配して駆け寄ってくれて。
俺が手で押さえる所を確認して、履いていた靴下を脱がせてくれる。
ヒョンって基本、世話焼きっていうか。
とにかく優しいのよ、本当。
「あ…ぶつけたのかな、腫れ上がってるね。どうしたの?これ」
「あぁ…ゴミ箱蹴った時にね、、」
もごもごと濁して苦笑いする俺に対して、ヒョンは「蹴ったの?」と目を真ん丸くして。
でもまた直ぐにクスッと笑う。
それからテキパキと腫れを冷やす為に処置を施してくれて。
その間、俺はじっと。
ヒョンを見ていた。
コーヒーで濡れたニットは、前のめりの体勢になると重みでVネックの部分が必要以上に空いてやたらと目に付いた。
ヒョンは線が細い割に、意外と筋肉があるみたいで。
空いた胸元から見え隠れする谷間に、何故だか分からないけど目が離せない。
そう言えば大学でワンダーフォーゲル部に入ってるって言ってたし。
体作りとかしてんのかなぁ?なんて、繁々と見つめ続ける俺。
するとVラインの下の肌がほんのりと色づき始めていくんだ。
お?と思って目線を上げると「あんまり見ないでね」とボソッと言い放つヒョン。
「あ、ごめ…」って。
何で見たらダメなんだろうってツッコむのを忘れて結局謝ってしまった。
処置が終わった足にタオルで包んだ保冷剤を乗せるように言われ、ヒョンはその間にコーヒーが染みてしまった服を着替えようとしていた。
くるりと俺に背を向けて、ガサゴソとクローゼットを漁ると、一瞬、俺をチラッと見ては少し考えてサッとお風呂場に行ってしまう。
え?
何あれ…今、何で俺を見たの?
って言うか、男同士なんだからここで着替えればいいじゃん。
決して広いとは言えないけど、ヒョンの性格なんだろうな。
綺麗に物が整理されているからワンムームのアパートにしては快適な感じの部屋。
まさか…俺に裸見せるのが嫌だとか??
えぇ~~!?まさか、ねぇ…?
なんつうか今更そんな気遣いされるとこっちも気恥ずかしいってのに。
ヒョンはそんな俺の戸惑いをよそにさっきとは違うもっと厚手のニットに着替えて出て来る。
ぷぷっ、よっぽどニットが好きなんだな。
戸惑った想いはそんな風に直ぐに別の事に切り替わって、俺の単純な脳味噌はまた振り出しに戻ろうとしていた。
…ヒョンがあんなに慌てるなら多分、経験アリだな。
確信に変える為にもっとヒョンから聞き出したいと思った俺は、狡い手を使う事を直ぐに思い付く。
ごめんね、ヒョン。
でも俺も辛いんだ、モヤモヤするのを抱えてこのまま帰るのはさ。嫌なんだよ。
「ね、ヒョン…今日さぁ、ここに泊まってもいい?」
「えっ!?」
ヒョンがすげえ引いてる気がするけど、ここで負けてらんない。
「足痛くてこれだと帰り道もキツイじゃん?ね、頼むよヒョン」
まるで通りに捨てられた仔犬が餌を求めて行き交う人々に縋り付くように、そんな風に懇願してみせる俺。
だって、知ってんだ。
ヒョンはこの角度からの俺の上目遣いに弱いって。
「ダメ…?」
さらなる駄目押しで身を乗り出すとヒョンは「う゛」とか、変な声を出して困り果てて。
でも結局、最後にはこくんと頷いた。
本当、ごめんねヒョン。でもやっぱり優しいよね、ヒョンは。
それを分かっててそこにつけ込む俺ってどうなんだろうな。
でも背に腹は変えられなかった。

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