迷い猫 #11

時間にすればほんの数秒の出来事がユノに取ってはとてつもなく長い時間に感じ。
「いつまで惚けてんの?」とチャンミンにくすくすと笑われるまで固まって動く事が出来なかったのだ。
「あ…」
「ん?」
「…返事は」
「え?」
「え、じゃねえよ…俺の告白の返事だよ」
「は!?今のでわかんねぇの?」
「唇に唇がくっ付いたけど…」
「あんたっ、、、ふざけてんのかよっ」
「…キスが答え?」
「………っ、そうだよ」
「・・・」
「俺、好きな人にしか唇を許さないから…だからっ、、、」
「…だから?」
「あんたねっ!いい加減に、、」
「あんたじゃない。ユノ、俺はユノ」
「くっ、…俺は………ユノが……」
「…うん、ユノが?」
「………………ユノが、好き…」
だよ、と消え入りそうなチャンミンの告白の続きは本当に消えて言葉にならなかった。
何故か。
それは続きをユノの唇が言わせてはくれなかったから。
ベンチに凭れるユノに頭を引き寄せられたまま、苦しい体勢のチャンミンが文句も言わずにその行為を受け入れるのは。
チャンミンもまた、ユノのキスが嬉しかったから。
軽く啄ばんで、ふふっと笑うユノに。
チャンミンもまたつられてふふっと笑う。
結局、チャンミンが「ギブ」と根を上げるまでその可愛い口付けは続いたのだった。
「俺のファーストキスをロマンチックにしてくれてサンキュッ」
ファーストキス、つまりは男とのキスの事を意味したのだが。
「えっ」
無理な体勢から解放されてベンチにユノと同じように腰掛けたチャンミンはその言葉に明らかに動揺をしているように見え。
ん?と、更にユノが顔を近付けて逃げないようにしっかりとその手を摑まえる。
すると観念したのかチャンミンはポツリとまた告白をした時と同じような声量で。
「………ユノに、、、、キスしたのは今日が初めてじゃない……」
驚く事を言って来る。
そして、チラッとユノをもう一度見るとおずおずと。
「……………島に初めて来た夜が、ファースト…キス…だから…」
そう言って、ユノの視線を避けるようにまた俯いてしまった。
一方、ユノの単純な脳内はぐるぐると思考を整理するのに必死。
…チャンミンは好きな人にしかキスをしない…
…今日が初めてのキスじゃない……
…島に来た初日にキスされていた…
…えっ、て事は………
「一目惚れ!?」
出た答えをそのままチャンミンに投げ掛けると、俯いていたチャンミンはボンッと音がするような赤面ぶりで。
そんなチャンミンを見て、ユノの心はキュンッと鳴く。
「チャンミン!!」
真っ赤なチャンミンをユノは「可愛い、可愛い、、」と何度も抱き締め。
でもぎゅうぎゅうのチャンミンは大人しくユノの腕の中に収まっていた。
いつもなら可愛くない事を言う口から悪態の数々が吐き出されるのに。
今のチャンミンはまるで別人のよう。
そう、チャンミンは素直で可愛いユノの飼い猫になったのだった。
ユノが自分をぎゅっと抱き締めてくれる事が見えない首輪のようで。
すりっと頬を寄せて自分の匂いをユノに擦り付けた。
チャンミンはユノが大好きなのだ。
会ったその日から、ユノだけを見ていた。
嫌われたくないのにツンが出て、可愛くない事を言ってしまう自分に落ち込んだ。
でも今はそのツンが取れて、デレが残った。
ツンの無いチャンミンは可愛い。
そう。
それはユノが後悔をする程、可愛いものだった。
「チャンミン!」
「チャンミナ~」
「チャンドラー」
「チャンミン君♡」
島の人達はそれぞれ好きな愛称で彼を呼んだ。
呼ぶのは勝手だけど、とユノは思いながらもカウンターで不貞腐れる。
チャンミンの為の歓迎会の日から、すっかりとこの小料理屋の客層は様変わりしてしまった。
前はアルムさん目当ての男臭い連中ばかりだった筈なのに。
今じゃどうだ?殆どチャンミン目当ての野郎かおばちゃんばっかりじゃないか??
俺のチャンミンなのに…気安く何度もその名前を呼びやがって…
「ふんっ」
「ふふふ、ユノちゃんったら。ご機嫌斜めねぇ」
「あッ…アルムさん、、いやっそのっ」
「女の涙に男が弱いって昔から言うけど、チャンミン君の涙はちょっと綺麗過ぎたものね?」
「あー・・・うん…」
「美人な彼氏を持つと大変ね、ちゃんと繋ぎ止めておきなさいよ。そうじゃないと私が取っちゃうから」
「エッ!!?…あいつを?」
「さぁね、それは内緒」
くすっと謎の笑みを溢してアルムさんはカウンターの中へと戻る。
えっ…まさか、俺…?
実は、島の皆には教えてない事なんだけど。
組の連中が島を去る時にその中でも一番人の良さそうな兄さんを引っ張ってこっそり聞いたんだ。
アルムさんの、年齢を。
いや、たまげだね。うんうん。
あの美貌でまさか五十歳とか…
あー、世の中って知らなくてもいい事もあるのかも。
でも…歳を聞いても、アルムさんならイケるか?
あ、なんかヤラシイな。…ヤバッ。
「ユーノ」
鼻の下を伸ばしてアルムさんを見つめてた俺の視界にチャンミンが割り入る。
でもその顔はちょっと拗ね気味。
自分の事を見てなかったのが面白くなかったんだろうな。
ぷっ、可愛い奴め。
「そろそろ上がるけど、追加ある?」
「ん、いやもういいよ。それより、早く帰ろう?」
ご忠告通り、繋ぎ止めておきます。
その手を握って、くりくりの目を見つめて、にっこり笑顔も張り付けて。
「俺達の家に帰ろう、チャンミン」
"うん"と頷く、はにかみ姿は俺だけの物。
でもこの後のチャンミンの方が…もっとヤバイ。
ちょっと疲れてて、でも甘えたで。
素直になって可愛くなったチャンミンは、ベッドの上でも…
あ、この話は長くなるからまた今度にしよっか。
あー。今日も平和。
それが俺の願いなんだけど、ね。
゚・*:.。. .。.:*・゜To be continued…・*:.。. .。.:*・゜

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