迷い猫 #8

俺の無言が暫く続き、チャンミンもまた俯いてしまう。
昼から訪れた嵐も夜に近付くにつれてその激しさを増すばかりだった。
俺達が逃げ込んだ漁師の納屋はガタガタとトタン屋根が煩かったが、身を隠すには贅沢は言ってられない。
相変わらず、二人を包む空気は沈んだままで気不味い。
しかし、それでも時は刻々と過ぎて行く。
嵐で太陽が隠れてしまっていても、まだ灯りを頼らずに納屋の中を動ける明るさだった。
だからユノは仕方なく先に口を開く事にした。
これだからブミさんに『あんたはその人の良さがいつか仇になるね』と苦言されるんだろうなぁなどと何処か気持ちが落ち着いている自分にも驚くのだけれど。
でも、不思議とチャンミンの事を放っておける気がしないのだ。
…本当っ、馬鹿だよな俺って…多分、チャンミンは…
その先をユノは敢えて今は口にするのを控えた。
「ほら、腹減ったろ?」
「・・・」
「昼のを残しておいて正解だったな、お前さぁ腹減ると機嫌悪くなるもんな」
ん、とチャンミンの顔の前にアルミに包まれたキンパブの残りを差し出すとそれを奴は素直に受け取った。
ぷっ。こんな時でも食欲はあるんだな。
本当、おもしれぇ奴。
チャンミンは無言でそのキンパブを頬張った。
暫くして腹も満たされた俺はおもむろに立ち上がり、納屋の中を見渡した。
取り敢えず、今夜はここに留まるしかない。
嵐が静まれば沖へ出る船にでも助けを求めて本土に逃げられるかもしれない。
それまでやる事が無いのなら後は寝るだけだとユノは考えていたのだ。
自分達が今まで座っていた場所では横になるには狭い。
この網を少し脇に寄せれば何とか男二人が寝るスペースは確保出来そうだった。
網を持ち上げて一箇所に寄せていると、ユノが何をしようとしているのかをチャンミンも察したのかスクッと立ち上がり辺りをキョロキョロと見渡し始める。
数分後、板間にゴザのような物を敷いて寝床をユノが完成させた。
「チャンミン」
まだ奥でゴソゴソと物を漁っているチャンミンに声を掛けるとその肩がビクリと跳ねたのが見えたのだ。
「…何探してんだ?」
ユノがその肩に触れると、チャンミンは小刻みに身体を震わせていた。
雨で濡れてしまったシャツが肌に張り付いて体温を奪ってしまっているのだろう。
カタカタと歯を噛み合わせて
「…包まる布があればと思って…」
そう呟いた彼は指の先まで冷え切っていたのだった。
「ハァッ、、っ、、あぁっ、……っ…」
ユノの口を占拠する熱い塊をこれ程愛おしく思うなんて…
濡れたシャツのボタンに手を掛けても、チャンミンは逃げなかった。
上からひとつずつ外されて行くボタンを大人しくジッと眺めていた。
辛うじてまだ外は闇夜に沈む一歩手前、灯り無しでも様子を見る事が出来たのだ。
だから。
ユノの手が上から3つ目のボタンを外しに掛かった時、その横にぷっくりと隆起した粒が視界に入り。
濡れたシャツがその粒に隙間無く張り付き、ユノがその突起を口に含むと、プルプルと震えていた身体が大きく跳ね。
含んだまま舌先でこねくり回すとその粒は熱を帯び始め。
だから俺は、残りのボタンを全て外しに掛かった。
その間もチャンミンは抵抗と言う程の動きも見せずにユノから与えられる愛撫を受け続けているだけ。
けれど、その胸の奥に潜む心臓の音はドクッドクッと確実にその鼓動を早めていた。
それを文字通り肌で感じているユノは、前を完全にはだけさせたチャンミンの右胸に手を伸ばし。
その乳首をコリッと摘んだ。
途端、「…っあっ…」と。
チャンミンが漏らした吐息は初めて聞くような、艶のある淡い息遣い。
そう言えば、と。
ユノは今までチャンミンと身体を繋げる際に、必要最低限の愛撫しか施した事が無かったのを思い出し。
こんなに簡単な事だったのかと…
チャンミンを喘がせるのはこう言う事だったのかと。
今更、知るのであった。
丹念に舐め上げた乳首はほんのりと赤く染まってはいたが。
濡れたシャツを腕から抜くと、まだまだチャンミンの身体は冷えて鳥肌が目立っていた。
その質感を舌で味わうように、鎖骨、肩の窪み、首筋、そして顎の下を軽く吸い上げながら舐め始め。
徐々に大胆になっていくユノの舌の動きにチャンミンは息を上げて身を捩った。
顎の下まで来て、啄むように更に上を目指したユノの顔を避けるようにしてチャンミンは顔を逸らし。
瞬時に、唇を避けられた、と。ユノは判断をしたのだった。
それでもユノの中で沸き立つ熱は収まらず、顔からまた下へと唇を滑らせて行ったのである。
恐らく、ユノが舐め尽くせなかった場所は無いと思われる程にチャンミンの身体の隅々までをその舌が這い回り。
特にチャンミンが敏感に反応を示す部分は執拗に攻めもした。
しかし、最後の最後まで最も敏感に感じる股の中心だけは敢えて避けられた為。
「ユノッ、、、」
苦しげにユノが名前を呼ばれた時には、そこはドロドロに蜜を垂れ流し。
酷くいやらしい様相に変わり果てていた。
ゆっくりと顔をそこに沈めながらずっとチャンミンから目を離してやらなかった。
チャンミンもまた、息を荒げながらも俺の視線から逸らしはしなかった。
目の縁を赤く染めて、膜を張った大きな二つのまなこが爛々と光り。
まるで獲物を捕らえる前の獣のように俺を見据える。
何故、そんな事をしていたのか。
ユノが口の中に放たれた熱を吐き出していた最中に、その答えは分かった。
チャンミンは狙っていたのだ。
ユノの中心にそそり勃つ、獲物を。
「ハァッ、、っ、、あぁっ、……っ…」
太腿に時折濡れた髪の毛が触れるのが擽ったかったが、もうそれを気にしている場合では無い。
自分の昂った熱はチャンミンの口腔に。
そしてユノの口にはチャンミンの昂りが。
それぞれ相手を攻めるでも無く、含んで転がし。
時にはわざと音を立ててしゃぶりつく。
愛おしいと思った。
チャンミンの身体を初めてそう感じたのだ。
そして、すっかりと夜も深まり。
彼の身体からは震えも消え去っていた。
腕の中に抱えた大きな迷い猫をユノは信じてみようと思い始めていた。
もし、チャンミンが自分の命を奪う為に送られて来たヒットマンであったのなら。
どうして今もこうして何もせずに傍にいるのだろう。
そもそもこの島に流されてから四年もの月日が経つというのに、一度もその類いの人間は島に訪れた形跡が無いのだ。
どうして今頃…
その謎はチャンミンが握っているのは分かる。
けれど彼が何も言わないのなら、俺も強引にその口を割らせてまで聞く気が起きない。
でも、何処かで。
心の何処かで。
いつか誰かにこの命が奪われるなら。
チャンミンになら捧げてもいいような気がしている自分に気付き。
四年前、この"島流し"の辞令が下りた時に一度死んだ気になった俺が。
ここに来てまた自暴自棄になってしまったんだと自嘲して、大きな温もりを抱き締めた。
「もし、本当にお前が迷子だったら…良かったのにな」
署内のお払い箱…
この島は俺の流刑地なんだ、お前を守ってやれねぇんだよ…

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