迷い猫 #7

肌を重ねたから何かが変わるとは言いたくは無いけれど、確実に俺の中で"凪"と言う状態は消えていた。
「お前さぁ、今度の休みとかどうすんの?」
「…ん、寝てよっかな…」
情事の後は疲れ果ててそのまま眠りに落ちるか、こうしてベッドに伏せたまま息を整えるかのどちらかだった。
今日は体位を変えてみようかと、俺の提案にあいつが承諾して、横から繋がってみたんだ。
俺もそこそここういう事には興味があった方だけど、相手があいつだからか?気兼ねなく色々と試せる気がして。
抱えてる脚が筋肉質で、まさしく男、そのものなのに。
それをめいいっぱい開かせて辱しめたい、なんて考えていた事に後からゾッとする。
でも…やってる最中は男だって事を忘れるくらいに夢中で腰を振ってんのは俺の方だから泣けて来るけど…
だってあいつ、未だに声を押し殺して耐えるから。逆に喘がせてやろうじゃんって頑張ってしまうんだって。
はぁ…俺、何必死こいてんだろ…
「なぁ、俺も休みの日を合わせるから…」
「はぁ!?一日中やるとか言うなよ!!?」
「馬鹿言うなっ、、、!そんなんじゃねぇよ!」
「じゃあ何…」
「ん、いや…島を案内してやろうかなって」
「…ふーん、わかった」
よっしゃっ!
あいつが意外に素直に頷いてくれたのを見て、何故か俺はガッツポーズをしてしまい。
慌ててその拳を隠してみたものの、横目でニヤニヤとニタつく奴が視界に入り。
…物凄く、決まりが悪かった。
「その気合い、デートかよ…」
笑いを含んだ欠伸が隣から聞こえ、少しすると規則正しい寝息きに変わっていった。
デート、なのか…?
そして俺も身体を隙間に押し込んで瞼を閉じた。
約束の島観光と言う名のデートは、あれから指を二つ折った日に訪れた。
その日は朝から雲ひとつないスッキリとした快晴で、けれど天気予報のお姉さんは午後から雨が降る地域もあるでしょうと言っていた気がする。
隣に連れ立って歩くチャンミンはこの青空のようにスッキリとした表情で猫みたいな伸びを見せる。
今日は一日中歩く事になるのを分かっていて、その細い腰に負担を掛けさせる程、俺も飢えてはいない。
それなら毎晩抱くのをやめろと言われると、それはまた別の話だと。
もしチャンミンが抗議をして来たら言ってしまいそうでそんな自分が怖い気もする…
「おーいユノヤ~!」
少し離れた船着場から威勢のいい声を張り上げて俺の名前を呼ぶのはブミさんの旦那さんだった。
結構な歳の筈だけど、今もこうして現役で漁師をやっている。
だからこそ、ブミさんは毎日海を眺めて旦那さんが無事に帰って来る事を祈っているんだ。
喧嘩するのは仲の良い証拠だ、ユノはいつもそう思って夫婦の痴話喧嘩を聞くようにしていた。
「おめえら、揃って何処に行くんだ?」
網の手入れをする手を止めて、俺達の顔を交互に見比べ。
「今日は海に近づくんじゃねぇぞ、俺の読みじゃあ昼から時化るぞこりゃ…」
そして穏やかな海に目を向けて呟いた。
「分かったよ、ご忠告サンキュ」
天気予報のお姉さんといい、ブミさんの旦那さんといい。
今日は午後から崩れるのは間違いは無い、この時点でユノもそう遠くへは行くつもりは無かった。
チャンミンはこの島の中心地しか知らないと言うから、そう滅多に行く機会の無い所も案内してやろうと島の一番高い場所に連れて来ていた。

「何も無いな」
感情の起伏の少ないチャンミンの感想はそれだけだった。
けれど、身体全体で海から吹き上げる風を感じているその様子を見て。
俺の顔は自然と綻んだ。
そこで暫くは見渡せる範囲内で島の事を説明をして、それからあいつが作ってくれたキンパブを食べて少し横になった。
そよそよと肌を優しく撫で下ろす風にうとうとと意識を持って行かれそうになった頃。
ポツ、ポツ…と雨が降り始め。
慌てて寝ていたチャンミンを叩き起こし、二人で丘を駆け下りた。
雨足はまだそう強くは無かった。
このまま走り抜ければ二人ともずぶ濡れは避けられる。
そう思い、角を曲がり交番まで一直線の道路に出た瞬間。
「ユノッ、、!」
後ろから強い力で引っ張られ、曲がったばかりの角へと戻される。
あと、少しなのに。
俺の腕を掴むチャンミンの指は白かった。
「行っちゃダメだっ、、」
そう叫んだチャンミンの顔は、もっと白かったんだ。
『ユノヤ!?あんた何処に居るんだい!?変な奴らが、、、あんたを探し回ってんだよ……』
ポケットに入れていた携帯が震えて、着信を見たらブミさんだった。
俺は居場所を教えずに、無事である事だけを告げて通話を切った。
あの時、角を曲がった俺の目には数人の男の姿が遠くに見えたのは確かだ。
「…お前の知り合い?」
チャンミンは俯いていた。
「この島はさ、昔…俺達も、今居る島の人達も生まれるずっと昔には…罪人が送られてくる所だったんだ」
チャンミンはまだ顔を上げない。俺は話を続けた。
「デカになって、そこそこ実績もあげて…そんな時にデカイ山を別の課と取り合う争いに巻き込まれちまって…ホシを挙げるのはうちの課だって、躍起になる上の連中みたいにはなれなかったんだ…」
ー五年前ー
ユノが所属している課は主に犯罪捜査を専門とし、取り合いになったデカイ山と言うのはヤクザや麻薬の取り締まりを主とする課が前々から狙っていた人物が絡んでいたのであった。
そして、そのホシを挙げる為に一番若くて体力も脚もあるユノが先陣を切らされた。
そうなると勿論、自身の危険度合いも高まる。
常にその捜査を開始してから所持を許されている銃を抜く事だけは避けたいと日々願っていた。
しかし、ユノの願いは叶うことも無く。
ホシを。
その手で撃った。
けれど。ユノは確実に急所を外していた筈だった。
それにも関わらずホシは絶命してしまったのである。
"生きてホシを挙げる事"
それが両課に下された絶対命令であったのに…
「その組の若い衆からは命を狙われる危険性、そして署内からは汚点刑事のレッテル、厄介者だったんだ俺は…だから"島流し"にされたんだ…」
封じ込めていた記憶が蘇る。
銃を握った時の感触、撃った時の反動。
今も、手の震えが止まらない。
「…あんた、ずっと気付いてたんだろ…」
ようやくチャンミンが声を発し、俺はそちらを向いた。
「…どうしてそう思う?」
顔をゆっくりと上げたチャンミンは
「だって、、、、"何処から来たのか?"って一度も聞かれてない…」
そして、弱々しく笑ったんだ。

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