イクメンウォーズ #34

「あの、、っ、、ちょっと!」
「んあ?」
「何処へ行くんですか!?」
気付けばうち履きのまま、園庭も半ば引き摺られる格好で、園児や先生達の視線に耐えながらやっと車まで辿り着き。
今は、強引に車の中に押し込まれている最中。
しかも。
どれだけ信用が無いのかって程に僕の腕は常に園長が掴んで離さない。
「もうっ‼︎…逃げませんから、離して下さいよ…結構、痛いんですって、、」
本当、本当。絶対に跡が付いてる。
それ位に手加減無しに掴まれてたもん。
「あ、わり…」
縋るように見つめたのが最後の押しになってやっと腕を離してくれたけど。
結局、その後も腕じゃなくて。
手をそっと。
園長の膝の上に乗せさせられ。
何か思い詰めた様子の横顔に何も言う事が出来なくて。
そのまま、お互いに無言で車に揺られた。
・・・けれど
あれ、、、。これってもしかして、この道って…
「ほら、着いたぞ。時間が無いから30分だけな」
って、……はぁ!?
園長が車を停めたのは、この春に契約をしたばかりの。
僕の…アパートだった…
「えっ!?何で僕のアパートに??へっ、、??」
混乱する僕を他所に、園長は先に車から勝手におりちゃって。
「鍵は?部屋何処だよ」
とか。
はぁー・・・・
「あの…鍵なんてありませんよ、だって荷物持たずにそのまま出て来たじゃないですか…」
僕がボソッと呟いた言葉に今その事を思い出したようにハッと顔を上げ。
そして見る見るうちに一気に顔を曇らせてゆく。
「あぁ~‼︎くそっ、、」
きっちりとセットされた髪の毛をくしゃくしゃに掻き毟るその人ーー
・・ぷっ、ププッ。
「、、、んっだよ、笑ってんじゃねぇよ…はぁ…ったく…」
さっきから感情を乱すそんな園長に思わず笑いが込み上げて。
必死に口元を押さえたって、堪え切れずについつい吹き出してしまい。
そんな僕を情けないって顔しながらも、やっぱり愛おしそうに見つめてくる園長に。
何となくーーー分かったんだ。
「もしかして…僕の事を完全に捕まえようとしたんですか…?」
「あぁ…そうだよ、その通りだ」
「やっぱり。…別に逃げないですよ?こんな事しなくても」
「俺が……嫌だったんだ…今日、マンションに戻ったらお前の荷物が無くなってて、、突然居なくなったあの時を思い出しちまうんだよ…だから…」
そんな風にあの時、保育園を突然転園した僕を。
今もまだ重ねて見てる。
そしてそれが園長の傷になってる。
その事実が僕の胸を打って。
「…僕も、今日、、凄く嫌だったんです…あの家を出なきゃならないって、、凄く凄く嫌だった…」
今朝、見送った園長の背中に言えなかった本音。
でも…それは園長のそんな想いを知らなかったから…
けれど今はこんなに僕を繫ぎ止めようと必死な姿を知っちゃったら、、、
「ずっと………あの家に居ても、、いいんですか………?」
ーーーーミヌ君の代理のママとして、あの家で仮ではあったけれど。
夢にまで見た理想の家族を味わえて。
それだけでも幸せに満たされる事だったのに。
幼い頃の初恋の人と想いを通じ合えた奇跡。
いっぺんに来ちゃった幸せ、それが現実味をちっとも自分の中で帯びなかった事が、、、
正直、怖かったんだ。
こんなに幸せな事が続く筈が無いって。
何処か心の中で一線を引いてた部分があった。
ふっと笑った声が頭の上に降り注ぎ、見上げた先には…
取り乱した男の姿は跡形も無く。
その場に居たのはーーーー
自信を取り戻したガキ大将の眩しい程に輝く。
笑顔だった。
「約束、守るのが男だろうが」
ってね…

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