イクメンウォーズ #32

目が覚めた僕がまず最初にする事と言えば。
直ぐ横に寝ているミヌ君を起こさないように気を遣いつつ、左隣に寝ている園長に体を向き直し。
その寝顔を少しだけ眺めさせて貰うことだった。
仕事モードの戦闘的な髪型も最近は見慣れてしまって、それはそれで悪くないな、なんて思えたりもするんだけど。
やっぱり…この髪を下ろした園長が、一番好きだったりする。
寝返りを打つ度にサラサラとした黒髪が形の良い眉を覆い。
見開いた時に美しい弧を描く切れ長の目は今は静かに三日月型に伏せられている。
こんな無防備な表情が朝一番に眺められる幸せ。
それも今日で、終わりーーー
ふっくらとした下唇のぽこんっと凹んだ中央部分にそっと指を置いて。
その指越しにキスをした。
……おまじないかな。
初恋の人に再び巡り合えた感謝の意味のキスを毎朝こっそりとしてたんだ。
でも。
唇に直接触れる勇気が今日は無いんだ。
だからね、指を挟んでのキスをしたんだ。
何処までも、この生活に未練がましい自分が嫌になるな………
園長が今日は早朝から会議だって慌ただしく起きて来て。
用意した朝食も少し手を付けただけで後はそのまま夕飯に回すからって残した。
そして、玄関まで見送った僕をいつもと変わらない、軽く触れるだけのキスをして「行ってくる」の一言だけ。
颯爽と出て行くその後ろ姿に何も言えずに僕は暫くその場に立ち尽くした。
リビングに戻ると、ダイニングテーブルの上に食べ掛けの朝食が並んでいて。
ミヌ君がまだ寝ている内に残された園長の食事にラップを一皿ずつ掛けていく。
園長が好きな物と嫌いな物が混ざったフルーツサラダ。
これ…本当にちゃんと食べてくれるのかな…
『ほら!残さないで食べなきゃ子供のお手本になりませんよっ』
何度、注意してもこっそりと苦手な物は退けようとしていたっけ…
ミヌ君よりもうんと大人なのに、少年の様に世話の焼ける人。
だけど…僕が居なくても、元の生活に戻るだけ。
そうは思うのに。
知らず知らずにその世話を焼く事が喜びになっていた。
知らずに知らずに、いつの間にかこの家に自分の場所を作っていた。
それが今日で、終わりーーー
キュッと、最後の一皿をラップで保存して。
それと同時にこの未練がましい気持ちも一緒にそれに封じ込める。
…バイバイ、、、偽物の、"ママ"
ミヌ君のママは退院した足で、勤め先への挨拶を済ませてから園へ向かうって話だったから。
いつもの朝と変わらずミヌ君と手を繋いで2人で登園をする。
お昼を過ぎた辺りにミヌ君のママがお迎えに来て、園長代理をされているベテラン格の先生と僕はそのママに丁寧に御礼をされて。
ミヌ君はちょっと嬉しそうに僕と本物のママを見比べたりして。
本物のママに「どっちのママも優しくて大好き!」って泣ける事を言ってたっけ。
登園は僕と、そして、降園は本物のママと。
ミヌ君の繋ぐ手はもう僕から離れちゃったけど。
明日もまた会えるから、大丈夫。
バイバイ、ミヌ君。
僕に家族をプレゼントしてくれた可愛い天使。
バイバイ….また明日…
「あら、ちょっと外が騒がしいですね」
園長代理の先生がミヌ君達を見送った窓の外を見ていた。
「あっ…」
園庭で遊んでいた子供達の間を掻き分けて、明らかに急ぎ足でこちらに向かってるのは。
オールバックにピシッと髪を固めていかつい雰囲気のヤクザ園長の姿、、、
なっ…来るなんて聞いてない、、、‼︎
今、ミヌ君とお別れして物凄くセンチメンタルなのに、園長と喋ったら何かが溢れる気がして。
咄嗟に隠れようと部屋を出ようとした僕なんだけど………
ガラッ!
外の窓から直接顔を出して。
「….何で家に荷物がねぇんだよ」
見るからに不機嫌そのものって顔。
でも、園長代理はキョトンとして訳分からずだし。
「は…い?」
僕だって正直、意味が分かんない。
「今朝の会議終わって、忘れ物取りに家に戻ったら…お前の荷物がねぇんだよ」
だって…それは…
呆気に取られて言葉が出てこない。
でも相変わらず御構い無しに園長はズカズカと部屋まで入り込んで来て。
グイッと僕の腕を掴んだと思ったら。
「お前…本当に忘れたのかよ…」
それはそれはとても切なげに見る園長の眼差しで、吸い寄せられるようにその顔が近付いて来て。
ふわっとおでこに温もりが触れる。
「この傷が治んなかったら。…責任は俺が取るって言ったの、忘れちまったのかよ…」
あー・・・・えぇっ、!?

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