Override the kiss

仕方ないですね…
今日のスケジュールもハードでしたもんね…
リビングのソファーに投げ出された体。
途中まで誰かと連絡でも取っていたのか、手にはスマホが握り締められていた。
「おっ、と」
危ない…
モゾモゾと寝返りを打った拍子にその手からスマホがするりと落ちて来た。
床に落ちる一歩手前でそれは僕の掌で受け止められる。
受け止めたスマホをそっとテーブルの上に置いた。
あちこちに傷の目立つスマホ。
こんな風にヒョンが無造作に扱ってたらそりゃ傷だって耐えやしないか…
「もっと丁寧に扱ってあげないと可哀想ですよ…」
ヒョンが寝ているソファーに浅く腰掛けて呟いた。
返事の代わりに「ん…っ」と小さく唸ってまたこちらに寝返りを打つ。
寝辛いのかな…
こんな狭い所で寝たら朝には背中を痛めてしまう。
「ユノヒョン」
もう一度その名を呼んだ。
「……っ……」
声に反応して何か言いたげに口だけが動くけれど、答えは返っては来なかった。
閉じ掛けた口からゆっくりと吐息が漏れ出す。
"あぁ…閉じてしまう…"
咄嗟にその唇に指を触れさせた。
はふっと喰まれた指先…ビリッと痺れが爪先まで走る。
----何をしてるんだ僕は…
そうは思うものの、その喰まれたままの指先から伝わる温もりが心地良かった。
指の腹を少しだけ触れた面に押し当てると何とも言えない柔らかい弾力を感じる。
ヒョンの下唇…
ふっくらとまあるくて、ぽってりと肉厚で。
触れたら気持ち良さそう…そう思わせる。
「ヒョン…起きないとキス、しますよ…」
返事は無かった。
喰まれたままの指先で下唇の輪郭をなぞり、そっとそれに自分の唇を重ねた。
ふわりとした感触、ヒョンの温もり。
----もっと早く、こうしたかった……
「……ヒョン、好きなんです…」
聞こえないのにね…今更…
「チャン…………ミナ…………」
ビクリと驚きで体が跳ね上がる。
まさか…
僕の告白を…?
「…ヒョン?」
しかし、答えは無かった。
すぅ…と心地良い寝息。

夢か……、けれど夢の中で僕の名前を呼ぶの?
----唇に触れた感触で僕を思い出すの…?
ねぇ、ヒョン…
この想いは貴方に………知られてはいけないのに…
ごめんなさい………
日本の活動も残す所僅か。
詰め込まれたスケジュール、替えの効かない体。
けれど、それがかえって良かった。
----チャンミナと離れる日々を現実的に考えずに済んだから。
疲れた体をソファーにどさりと沈めて、そのまま夢を見た。
昔々の夢だった。
チャンミナ、俺達の可愛いマンネ。
"ヒョン"って必ず誰かしらの肩にちょこんと顔を乗せて甘えていたっけ。

一人で居るのが淋しいって言って『早く帰って来て』なんて、俺にメールを送って来た事もあったよな。
可愛い可愛いマンネ。
俺はいつからその想いを、弟じゃなくて…もっと特別な感情に変えていったんだっけ…
昔過ぎてもうそれさえも思い出せない。
そんなチャンミナとの懐かしい記憶を呼び起こす昔々の夢だった。
日本デビューを控え母国を離れて、異国の地での共同生活。
慣れない言語に戸惑い、華々しい母国デビューと対照的な日本での扱い。
自分達は本当に此処でやっていけるのだろうか…
そんな不安が脳裏をよぎる日々。
皆、多分限界だったんだ。
けれどそんな中でもチャンミナは一番精神的に不安定だったと思う。
しかし…俺はリーダーとしての重圧と責務に悩まされていてチャンミナまで構えていなかった。
チャンミナはまだ自分の感情をコントロールも出来なくて、明らかにおかしい行動だって見せていたのに…
そしてある日、マネヒョンからこう言われたんだ。
"もっとチャンミナを見てやれ、何度か朝に目を腫らして起きて来てるのを分かってんのか"
って…、全然知らなかった。
----マネヒョンの言葉が俺のプライドを打ち砕いた。
リーダーとして引っ張ってきた自負だとか、メンバーから頼られていると思っていた自信だとか。
そう言った物が全て崩れ落ちて。
ただただ自分の非力さを痛感したんだ。
いくら自分の事だけで精一杯だって言ったって…
同室の俺がそれに気付いてやらないでどうするんだ。
その夜から俺はチャンミナが寝るまで傍に居るようにした。
思えばあの頃のチャンミナが一番俺に対して素直だったかもしれない。

手を伸ばせばその手を掴み。
髪を撫でれば擽ったそうに眉を下げた。
チャンミナ…
そうだ…
この頃からだったかな…俺の中でお前に特別な感情が芽生えたんだ。
"ユノヒョン"
俺を呼ぶお前が眩しくて。
お前に触れた所から甘い感情が溢れ出た。
でも、あの時の俺は幼な過ぎたから。
その感情をぶつける事なんて到底出来なくて…
ただ、こうして。
唇を重ねたんだ。
恐らくあれがチャンミナにとっての初めてだった筈。
けれどそれは俺だけが知る秘密の出来事。
でも…それをせめて、チャンミナだけでも知っていたらって…
今更ながらに思うんだ。
だから今でもこんな夢を見るんだろうな。
あの時に触れたチャンミナの温もりが未だに忘れられないから。
こんな夢を見るんだ。
遠い記憶の中のあの、あどけないチャンミナの寝顔に。
キスをする夢を………
だからこれは夢。
「……ヒョン、好きなんです…」
勝手な夢。
チャンミナも俺を好きだって言ってる…
あぁ…この幸せが覚めなきゃいいのにな…
けれどもう一度、俺に触れた温もりが現実味を帯びていて。
俺はその夢から目覚める為に、ゆっくりと瞼を押し開いた。
瞳のその先に、チャンミナが居た。
長い睫毛をしっとりと伏せて。
夢の中のあの幼さの残るチャンミナではなく、すっかりと大人の色気を増した彼が居たんだ。

俺が起きた事にも気付かず、その唇を重ねたままの彼を。
何となく、抱き締めた。
もしかしたら起きてしまった俺に驚いて逃げるんじゃないかって無意識にそう思ったのかもしれない。
案の定、あの伏せられていた長い睫毛は音を立てて起き上がり。
目を見張って俺を凝視する。
「ヒョン、、、!、?」
身を一瞬硬くして、そして慌てて離れようとするチャンミナ。
しかし俺は咄嗟に腕の力を強めてそれを拒んだ。
「逃げるな、チャンミナ」
低く、言葉で制して。
けれども…心臓は破裂寸前に鼓動を早めていた。
聞かなければ。
この機会を逃したら一生俺達は。
----何も変わらない
「どうして…こんな事をしたんだ…?」
まさか…お前も俺と同じ気持ちでいるのか…?
期待と不安で情けない事に声が詰まる。
冗談でこれを、受け入れられる程。
俺にはもう余裕なんて無いんだ……
「チャンミナ…?」
小さな溜め息がチャンミナから漏れた。
「好きなんですよ…僕はヒョンの事が」
ぽつりと言ったその表情が何処か儚げで寂しさも漂わせ。
それが俺へ伝えるつもりの無かった言葉だったと感じさせる。
あれ程、鼓動を立てて煩くしていた心臓がその寂しげなチャンミナによってきゅうっと切なく鳴いた。
両思いだったのに…
何処でどうして擦れ違っていたんだろう………
「チャンミナ…俺を見て…?」
そんな泣きそうな顔をさせたい訳じゃない。
チャンミナにはそんな寂しそうな顔は似合わない。
「……俺も、好きだよ…」
喉が渇いて声が擦れる。
それ程、俺は緊張をしていた。
ゆっくりとチャンミナのあの大きな瞳が揺らぐ。
チャンミナにはこの俺の緊張が伝わったんだろうか……?
これを、冗談だって思われたくない。
俺は再度、チャンミナの目をしっかりと見据え。
「ずっと、ずっと…お前を好きだったんだよ」
ようやく絞り出した声が震えた。

『なぁ~チャンミナぁ~!』
「………」
『こらっ、チャンドラ‼︎聞こえてんだろ!?』
「…はいはい、聞こえてますよ」
『じゃあ早くっ!ほらっ時間無いんだろ?』
「………ヒョン…」
確かに僕には時間が無かった。
もう直ぐで貴方の居るこの地を離れなきゃならない。
遠く離れたLAと旅立つ。
けれど、だからって…
『ほらっ、早く画面切り替えて顔を見せろよ‼︎』
………ヒョンの愛情表現は予想以上に凄かった。
----両思いだと分かったあの日。
ヒョンは決して僕の事を離してはくれなかった。
それ程大きくも無いソファーで窮屈そうに体を寄せ合って。
ヒョンは僕の唇を啄み。
ふわっと触れて、しっとりとした感触が吸い付き。
何度もそれはふわふわと降りて来て。
もうその感触が堪らないって声を上げれば…
するりとヒョンのあの柔らかくて薄い舌が入り込む。
夢に見たヒョンとのキス。
恋人の…キス。
夢中で蠢めくヒョンの舌を追えばねっとりと絡み付いて今度はそれから逃げられない。
僕は…必死だった。
ヒョンから受けるキスに応えるだけでもういっぱいいっぱいだったんだ。
それからどれ位僕等はキスをし続けたんだろう…
僕の息が上がれば、ヒョンはふっと唇を離して。
首筋や耳朶、おでこに場所を移して口付けを落とす。
そのふわふわと触れる感触が心地良くていつしか僕はそのままヒョンの腕の中で眠りに落ちたんだ。
朝になって、スマホのアラームがけたたましく鳴り響き。
手探りでそれを止めた。
目の前にはまだ眠そうなヒョンの顔。
これがベッドで一人で寝ていたなら昨夜のあれは夢だったと思ったかもしれない。
けれど…
僕の体はすっぽりとヒョンの腕の中に収まっていた。
夢、じゃなかった…
「おはよう、ヒョン…」
そっと手を伸ばして昨日、僕を優しく啄ばんだ唇に触れる。
「…お……はよ…いま、なんじ…?」
指先が触れたままでその唇が動く。
「6時です、そろそろ起きないと間に合いませんよ」
「ん…わかってる…」
そう言ったまま、ヒョンは動かなかった。
でも本当に今日はゆっくりしていられない。
「ヒョン!」
「………わかってるから…じゃあさ、起こしてよ…」
ん、とヒョンがあの下唇を突き出して来て。
……これってもしかして
戸惑う僕の頭を大きな掌が包み込み。
「チャンミナのキス…貰わないと起きる気がしない」
とか----
はぁ…、とヒョンには聞こえないように小さな溜め息を吐き、持っていたスマホの表示を切り替える。
「これで、いいですか…」
『あぁ!オッケー!よく写ってるよチャンミナの顔』
それは貴方の顔もですよ、と僕は心の中で呟いた。
丸い頭の形がより一層その小顔を引き立てて、益々精悍になった顔付き。
あぁ…やっぱりヒョンはかっこいいなって素直にそう思った。
けれど、その精悍な顔付きがいきなり豹変して。
『チャンミナ…早く……』
スマホの小さな画面の中で唇をめいいっぱい突き出していた。
それも冗談じゃなくて真剣にやっているから吹き出す事さえ出来ない。
『早く、ほらっ…時間が無いんだろ……』
再度急かされて僕もようやく、スマホを顔の前に持ち替え。
ゆっくりと顔をそれに近付ける。
"ちゅ…"
画面に水音が跳ねて、一気にカァッと恥ずかしさが込み上げて来る。
けれど、そんな僕は御構い無しに。
『気を付けて行って来いよ、じゃあまたなチャンミナ』
そう言って貴方は通話を終了したんだ。

その時のヒョンの嬉しそうな顔ったら。
あの僕にだけ見せるヒョンの笑顔。
それが心を擽る。
出かけ間際の忙しい時に本当、僕は何をやってんだか…
スマホに付いた自分のキスマークを指でなぞって消した。
擦れ違った分、それ以上の沢山のキスをヒョンはしたいんだろうな…
ヒョンは僕に言ったんだ。
"チャンミナの初めてのキスは俺、だと思う"
って…
ヒョン、僕はこれからまだまだ貴方に捧げていくものはあるけれど。
ヒョンは知らないんだよね。
擦れ違った年月は長かったけれど。
僕の初めては僕から捧げたんだって事…
僕の初めてのキスは。
ユノヒョン、貴方なんだよ…
end
【Override the kiss 】キスを上書きする
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ホミンを愛でるAliの小部屋
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