2019_08
24
(Sat)23:11

Blue Jeans #15

若いその男は俺の予想通りに自らの名前をミノだと名乗ると、この服の持ち主の事をしきりにチャンミニヒョンと呼んだ。そしてそのチャンミニヒョンと連絡が付かない理由を知りたがり、経緯を知るであろう俺の腕を絶対に離そうともしなかった。
だが、今夜の仕事の前に自宅に戻る必要があった俺は仕方無しにミノを近くのコーヒーショップに誘おうとするも、それを彼は拒んだ。聞けばこのマンションにタクシーを使って来たが為に帰りの電車賃ぐらいしか持ち合わせていないと言って項垂れるのだ。噛み付く勢いかと思えばいきなり萎れて見せたりと、その姿はまるで大型犬が怒られた際の反省する様子に似ていてつい吹き出してしまう。
「詳しく話を聞きたいんだろ? じゃあ俺の一服に付き合ってよ」
萎れるミノの目の前に煙草の箱をちらつかせると、掴まれていた腕の力が抜けたのでその隙を見て颯爽と先を歩き出す。すると遅れて後ろから追ってくる気配があった。それはあの男の出会いの夜とダブり、不思議な既視感に囚われる。チャンミンと言うその呼び名をそう言えばまだ自分の口から発した事も無かったと思いながらも振り返る。
けれどそこには急に振り返った俺に驚いたのか、ミノが目を丸くして立ち止まっていた。
「…鹿じゃないな、やっぱり犬だな」
不躾な発言にも取られがちな俺のその言葉にもミノはただ目を丸くして突っ立っているだけで、その仕草から人の良さが伝わるようで思わずまた笑ってしまった。




結局、ミノに事情を説明し終える頃には灰皿に二本の吸い殻が並んでいた。一本目を吸いながら話した内容には適当の中に真実を幾つか織り交ぜ、嘘は吐かないようにした。ホストと言う商売柄で客からもあれこれと聞かれるが、言い難い事は濁して喋ると相手はそれ以上深入りをして来ない。気に入られたい相手に敢えて嫌われる要素を曝け出す真似はしないのだと俺はよく知っていた。
だがこのミノにはそれは通用しないと思い、後からバレるような嘘は避けて話す事を選んだ。チャンミンとは飲み屋で知り合った事、意気投合をしていく中で自宅へ招かれた事、共通の趣味に没頭するあまりに昨夜はお互いにスマホの電源まで切ってしまった事等。けれども面白い事に、詳しいキーワードを出さずにいる俺の会話にミノが時々口を挟んで話がより明確になっていった。例えば趣味の部分はミノの口から『ゲーム』と言う単語が飛び出し、俺が相槌を打つだけで話が具体的なものへと変わったり。
チャンミニヒョンを慕うミノのその純粋さがひしひしと伝わるだけに俺も慎重にならざる得なかったが、疑うという事を知らない真っ直ぐな瞳は終始輝きに満ち溢れて俺には眩しい程であった。
そうして一本目を吸い終えてそろそろ解放されてもいいだろうと思っていた俺の手を、ミノは何故か興奮した犬のように鼻息を荒くしながら掴み出した。そこからはもうミノの独演会となり、ひたすらチャンミニヒョンがいかに素晴らしいかを語り尽くしたのだ。一度だけミノに着信があり、席を外しているうちに俺は二本目の煙草をゆっくりと堪能した。要は交友関係の狭いチャンミニヒョンに出来た新しい友人の俺をミノはいたく歓迎したいらしかった。よって、いつまでも続くチャンミニヒョンの話にうんうん、と適当な相槌を打っているうちに親睦会の日程まで決まってしまい。挙句の果てにその連絡をチャンミニヒョンには俺がする事をミノが勧めたのだった。電源が切られていたら諦めると言う曇りのない好意に退路を絶たれ、渋々ながらミノを前にしてあの男へと電話を掛ける。すると呼び出しが始まって内心では厄介だと思った。しかしながら数回コール音が鳴り響いても男は出ない。部屋を後にした時、まだ気持ち良さそうに眠る姿を思い起こす。体も碌に拭いてやらずに放置をして来たなと、苦い思いが込み上げ始めた途端にコール音が途絶えた。
「…やっと出たな」
ミノに見られていると言う意識があって、ぎこちなさが逆に出てしまう。それが伝わるのか、男からは反応が返って来ない様子に焦る。それでも変な風に話すわけにもいかずに自然体を装って名前を呼べば明らかに電話口の反応が変わるのだ。
「チャンミン? 」
もう一度呼んでみると空気が震えるような吐息を含んで『あのっ…』と返される。チャンミン、それは今は駄目なやつだ。名前を呼んだだけで照れている様子なんて反則以外に何がある。どんな顔をして、何を言うんだと。
だからその後を断ち切るように俺が先に切り出した。そして何もかも純粋なミノに感化されたと思いたかった。それ程に用件だけを告げて切り終えた俺の胸はやたらと早鐘を打ち鳴らして煩かったのだ。
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2019_08
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(Sat)23:09

Blue Jeans #14

ふっ、と意識が浮上し。ぼんやり辺りを見渡すとまだそこが寝室である事に対して既視感を覚える。今日という日を迎えたのが二度目のようなあやふやな記憶。しかも何故だか体も頭もすっきりしない怠さ。
「ん、無い…」
手探りでシーツの上辺を撫で回しても目的のスマホが見当たらない。仕方無しに寝返りを打とうとするも体に布地が貼り付く違和感にはたと動きを止める。
思わず笑い返したのが悪かったのか。それとも一人で悦に入って男を置き去りにしてしまったのがまずかったのか。いずれにせよ僕の何かが男の機嫌を損ねたのだと思い返す。そうでなければ男はこんな風に僕を放置して行ったりしないのだと。
「あー…」
ようやく抜け落ちていた記憶の部分を取り戻した途端に、溜め息とも取れる長い息を吐いてしまう程にとにかく男はしつこかった。その上、全く優しさも無かった。イキたいと幾ら懇願しても聞く耳を持たずと言った感じに焦らしに焦らされまくった。いつ達したのかも覚えていないし、挙句にその後始末さえして貰えていない。
「…気持ち悪っ」
よく見ればあちこちに汚れが目立つシーツに今の今まで爆睡していた事に目眩がする。怠さを抱えた体と共に寝具を取り敢えず剥ぎ取り、洗濯機に突っ込んだ。
シャワーでさっぱりさせたら幾分か体の怠さも抜けた気がして、案の定あの時のままの状態を保つキッチンも一気に片付ける。数時間前まで向かい合わせで談笑したのが嘘のように、その跡形もなく全てを元に戻した。
その後、再び落とされていたスマホを起ち上げてミノへとコールする。ずっとミノの事は気掛かりだった、でもすぐに連絡をしなかったのは自分の中で物事を整理する時間が必要だと思ったからであり。仕事の用件さえ話してそれで済めばいいものだと安易に考えて電話をした。




「何で…」
通話を終えて開口一番にその言葉が漏れ出る。実際、まだミノとの会話の内容が頭の中をぐるぐると回っていて、思わず近くにあった椅子に腰掛けた。
何でミノが。口に出した言葉をもう一度頭の中で反芻する。仕事の電話をしたと言うのに途中からあの男の話題がミノの口から出て来たのには心底驚いた。そこから何を言われてどう返したのかも記憶が定かじゃない。ぼんやりと液晶の灯りが落ちたスマホをいつまでも見つめるしか出来ずにいると突然その画面に再び光が戻る。
「あ、…」
表示された名前を見留めた瞬間、勝手に逸る鼓動に戸惑う。どうしてこのタイミングで着信があるのだろうと。逡巡している間もコール音が鳴り響き、このまま取らずにいたら恐らく二度と電話が掛かって来ない気がし、そっとタップをして耳に押し当てた。
『…やっと出たな』
半ば呆れたような男の声が鼓膜に響く。数時間前まで会っていたのに、何ヶ月も聞いていなかったような懐かしさ。
『なぁ、聞こえてるんだよな? 何か言えよ、チャンミン』
男に自分の下の名前を告げたのは一度だけ。いまだに本名も伝える機会すらないけど、僕の記憶に残る限り男の口からはこれが初だと瞬時に思った。
電話口で一向に喋らない僕に対して男はもう一度名前を口にする。途端に何を言おうとしていたのかが一瞬にして消え、躊躇う間にもスマホに押し当てた耳だけが熱くなっていく。たかが名前、そう思う冷静な思考とは相反して鼓動の異常な速さに戸惑う。
「あの…っ」
やっと口から出た声が見事に震え、体が底から熱くなるような感覚にクラクラした。するとその続きを待たずに男の声が被さって聞こえる。
『時間無いから用件だけ言うな』
そして男は数日後に会おうと告げて通話を終わらせた。耳から離したスマホは熱を帯び、それ以上に火照る耳を僕は持て余していた。
2019_08
24
(Sat)23:09

Blue Jeans #13

俺にしては珍しくこれはかなりやばいと思う。
今まではある程度コントロール出来ていた筈だった。だがここに来て予想以上のものを味わせられてしまっている状況に正直戸惑う。少しばかりこの男を俺は舐め過ぎたのかもしれない。
「っ、…ふ、…っ」
切れ切れに男は息を吐き出す。それ以外はずっと唇を強く噛み締めて何かに耐えようと必死だ。目尻に涙のようなものを溜めて、時折きつく目を瞑って瞼を震わす。こぼれそうでこぼれないしずくの行方にこちらは目を奪われ、そんな中で男は堪え切れずに甘い吐息を漏らす。それはまるで聴いた者の鼓膜まで溶かしかねない程の甘さで、尚更目が離せなくなっていく。俺が見つめているのを知ってか知らずか、うるうると押し上げられた瞼からうっすらと覗いた瞳はどこか焦点を失ってとろんと蕩け。相変わらず甘い吐息をこぼす唇は赤く染まっていた。
緩慢な動きだからと相当俺も気を抜いていたらしい。そしたらうっかり男の痴態をまざまざと見る羽目に陥ってしまっていたのだ。主導権を今更握るつもりも無いが、赤く熟れた唇に自然と引き寄せられる形で噛み付いた。途端に男の彷徨っていた瞳の焦点が俺に定まり始める。同時に体の奥から沸き上がる熱を実感する。こんな感覚はよく身に覚えがあった、それは体が熱を放出する時の前兆のような。
「…まさかな」
考えが口からついて出る。それを封じ込めるように男が唇を重ねて寄越す。ねぶられ、絡み付き、深さを増した口付けと共にじわじわと体内の底から押し上がっていく熱。咄嗟に俺と男の腹に挟まれていたものを握ると、一瞬舌の動きを止めて男は息を詰めた。それでも熱の勢いは止まらない。緩々と扱きの手に合わせて男の腰も揺れた。それがかえって俺にとって命取りだった。舌の動きが止まったままで男が浅い呼吸をする。甘い吐息が俺の顔に直接降り注がれた。
「くっ、」
不覚にも、と言うのが正しいのか。男の吐息にいざなわれるようなそんな感覚で吐精をしてしまう。まさかイカせる前に自分が果てる事なんて有り得ないと思っていたのが嘘のように、男の体内に嵌り込んだままでどくどくと熱が吐き出されていく。
「…え、イッたんですか」
先程と打って変わってあの独特の色香を潜めた男は、その顔に心底驚いていると言った表情を貼り付けて目を丸くして聞く。不本意ながらこの状況下で否定するわけにもいかず、舌打ちしたい気分で素直に頷いて見せると。男はほろりと表情を崩して笑い返した。あぁそんな顔も出来るのかと、思わず見惚れる自分にいよいよ本気で舌打ちはしたが。




無性に吸いたい気分に駆られて、諸々の事は後回しにして男の家を出る事にした。服はさすがに自分の着ていた物だと明るい日差しの下では浮き過ぎる為にそのまま男の物を拝借をして。
すると、はやる気持ちで抜けたエントランスの入口付近に佇む男と一瞬だけ目が合う。とても印象的な、一瞬と言えど惹き付けられるその顔立ちの男は俺を見るなりいきなり駆け寄り出して掴みかかる勢いでこう聞くのだ。『この服をどこで』と。
この男が、例のミノだと確信した。
2019_08
24
(Sat)23:08

Blue Jeans #12

自分でそこを解すのは初めての事で、恐る恐る指を差し入れる僕のそんな様子を、男は口元を僅かに上げて愉しそうにしていた。
「んっ、」
自分の中が指の半分も飲み込む程に熱くて、しかも意外と柔らかい事に戸惑いが隠せず思わずと言った感じで声が出てしまう。だけどそれすら男には愉しいようで、あの涼し気な目元でじいっと僕を変わらずに見上げている。
「手伝ってやろうか」
そう言うなり男は僕を支える振りをして腰をひと撫でする。その手付きがやたらと際どく攻め立てるので、集中しようにもそれが続かない。いかんせん膝立ちの僕の方が体勢に不利がある。なのに男は自分に跨る体を触るばかりで全然事を進めようしない。
「ちょっと…さっきから、手伝ってくれるんじゃないんですか?」
不意にこちらを見上げた男の視線とかち合う。黒い瞳をくりっとさせ、さも愉しんでいると言った感じで輝くそれに射止められ、一瞬詰まってしまう。何なんだ、この目力は。
「ん、いや。まじまじと見たらいい体してんだなって」
言いながらまた男の手は肌の上を滑り抜けて行く。
僕は男の手を借りる事を早々に諦めた。
2019_08
24
(Sat)23:07

Blue Jeans #11

気が向けば何品も作ったりするのは本当の話で嘘は吐いていない。だけどこんなに本格的なコース料理は自分の中でも稀な事だった。だから一食目から重たいだろうかと、男を盗み見れば次々に皿を空にしていく様子に、口元が勝手に緩み出してしまう。
料理に嵌っていけばいく程、器や皿まで凝りだして、気付いたら結構な品揃えになっていた。滅多に日の目を見ない物も幾つかあり、それを使う機会が得られたと思えばこの男との食事も意味を成すと、口の緩みの原因をそこへこじつける。そうでもしなければ今まであれだけ消極的だった他人との関わり合いの例外の理由が思い付かないのだから。
男が『旨い』と言う、ただそれだけの事がこんなにも僕を高揚させる。それがおかしいと、思うには思うけど何故そう感じるのかがよく分からないのだ。
「珈琲淹れますけどうちはブラックしかないんで、それでもいいですか?」
仕事に根詰める時なんかに色んな豆を取り揃えて気分転換を図る僕は、珈琲への拘りも半端ない。酸味や苦味を楽しみたくて厳選した豆のラインナップを眺めつつ、ミルクや砂糖なんか邪道でしょうと言えば男からは咳払いが返ってくる。
「じゃあ飲み易いブレンドにしておきますね。あと、今日は吸わないんですか」
あの容姿で普段はどんなのを口にしているんだろうと首を傾げついでに、ふと気付いた事も尋ねる事にした。昨日から男が煙草を咥える姿を僕は見ていない。
「あぁまぁ、貰ったやつは家に置いて来て」
男はそう言いながら『次来る機会があれば持ってくるさ』と僕の顔を意味深に眺めた。それは僕が誘わない限りこの男はもう来ない事を意味するのだろうか。
だけど僕の思考を遮るようにスマホの着信音が鳴り響き、手を伸ばしてそれを取ろうとするとふいっと男は視線を逸らしてしまう。一瞬躊躇ったものの、ディスプレイに表示されているのは通話を中断された昨日の相手。仕事の絡みもあるし、恐らく僕への心配もあっての連絡だろうと通話を受ける事にした。
「んぅっ、…いや何でもないちょっと手をぶつけて、大丈夫」
数分で終わらせるつもりでキッチンの片付けをしながらの会話に、男の気配がどこに移動していたかなんて気にも留めていなかった。後ろに回られる程長電話をしていた事に気付きもせず、無防備の背中を男の指が滑る。男に出会わなければここが性感帯だなんて知らずにいた箇所をぽつぽつと器用にうねって指が流れる。思わず息を詰めて震えを堪える事が何回かあっても男の悪戯は一向に止まない。それどころか触れる場所がどんどん際どい部分を辿り、流石にそれには僕も本気で抵抗をして防ごうとしたら更にその手を捻り上げられてしまう。
「っ痛…、…や、今度は肘、…あっ!」
こんな状況で、もういっそ電話を切ろうかと会話を強制的に終わらせる手段さえ先に読まれ、スピーカーモードに切り替えられたスマホを微妙な距離に放られる。その間に素早く男の手が僕の両手の自由を奪い、何をされるのだろうと背後の男を睨みつけるが、小声で『さっきの続きな』と僕だけに囁き掛けた。
「ミノっ悪い、また後で掛け直すからそっちで電話を切ってくれ…頼む…っ」
スピーカーからはミノの戸惑った声が漏れ出ていたけど、男の手が僕の股の膨らみを包み、いよいよ不味い状況だ。懇願するように電話を切れと叫んでいる間にも虚しく男の手によって再びスマホの表示は暗闇へと落とされていた。
「勝手に何してるんですかっ!」
抵抗をしたくても男の手に掴まれた腕はびくともせず、自由が利く脚を使って反撃を見せてもあっさりと腰を抱き寄せられてしまう。結局の所、僕だって本気で抵抗なんてする気が無いのを背中に張り付く男には見透かされているのだ。正直、途中からミノとの電話に集中なんて出来る気がしなかった。一度浴室でお預けを食らった体には二度目のあの囁きはかなりの毒で、耳から犯されたその甘い痺れは全身をゆっくりと回り出し。男の手による更なる刺激を待ち侘びて顕著に形を変えていた。男はそれを知っていて敢えて柔らかな刺激しか与えないようにしているのか、服の上からその輪郭をなぞるように指先を這わすだけ。
「焦らさないで下さい…っ」
本当に焦れる、そんな遊びみたいな手付き。僕はもうこの男の手管の上手さを知ってしまっているのに、こんなのは有り得ない。もどかしいしかないじゃないか。
「俺はさっきの続きをしてるつもりだけどなぁ…じゃあどうしたいんだ、ん?」
そんな誘うような不敵な笑みを見せられて、体温が一度上がる僕はどうかしてる。なのに頭と体の温度差はすぐに同じものになっていくのも僕はよく知ってしまっている。
「…キス、したい…っ」
言って、男の魅惑的な唇をなぞった。薄く開いた口からちらりと覗く控え目な赤い舌が望み以上のものを与える事を記憶と体が覚えている。その記憶の一部が脳裏を掠め、ぞわりと首筋に鳥肌が走り抜けていく。
「キスだけでいいのか…?」
唇に乗せた指が第一関節まで食まれ、しっとりとした湿地に包まれる感覚にじわりと体の芯が疼き出す。キスだけで足りるわけがない、こんなにも体が火照ってその熱を持て余している状況下でなんて。
「キスも、貴方も欲しい…」
男の膨らみそっと撫で上げ、自分のもそこに擦り付けた。服越しに伝わる硬さに自然と腰が揺れ、男が僕のその浅ましさに薄く笑っているのは分かったけどもうそんな羞恥よりもこの熱を分かち合いたくて必死だった。気付かぬうちにいつの間にか腕の拘束は解かれていて、自由になった手が勝手に男の下半身に伸びる。
「分かったから待ってって、やるよお前に全部欲しいだけ、な? だが俺は何もしない、…その意味が分かったら好きにしろ」
そう言い放った男は両手を僕から離し、後ろのシンクへと移す。だけど言われた事を僕は理解するのにそう時間は掛からず、男の服と下着を取り払って姿を現したものをそろそろと口に含んでいた。自分と同じ、男性を象徴するものだと、実際に味わう苦味も感触も勿論戸惑いが無かったわけじゃない。
それでも見上げた先に薄く笑みをたたえるあの男が、これを望んでいると思うと止まらなかった。口の中の熱が僕でこんなになっているその現実に酔いしれそうな程、無我夢中だった。
「今更で悪いが俺は口でイッた試しがないんだよなぁ」
男が言うようにいくら転がして口で扱いてみてもそれは最初と変わらずに同じ熱を保ち、いつ果てるのかも予測がつかないまま顎だけに疲労が蓄積する。
「諦めろ、な? 代わりに俺がしてやるから」
男が僕の口を外しながら優しく囁く。なんて甘美で素晴らしい誘惑だと、誰もが思うその申し出に僕は無意識のうちに首を横に振っていた。男はいささか不快そうに眉毛を釣り上げていたけど、僕にはそれを気にする余裕すら残っていないのだ。
「…挿れたいんです、貴方のは僕の中に」
溢れ出した本音を言葉にした瞬間、ずくんと芯の疼きが一層増した気がしたけれどそれはもう抑えられるものでもなく。じくじくと体の奥から灯る火を自分の手じゃどうにもならないのも、目の前の男もよく知っている筈だった。
2019_08
24
(Sat)23:06

Blue Jeans #10

鏡の中の俺が、したり顔でほくそ笑んでいる。男の時折見せる大胆な言動は計算してと言うよりも天然から来るものだと。おおよその性格は分析出来たが、ただ振り回されるだけで終わらせないのが俺だ。そうでなければあんな仕事を長く続けていけるわけがない。
「転がされっぱなしじゃあすぐに飽きられるからなぁ」
誰に問うでもなく呟きながら、男の残した赤い点をなぞる。こちらから無理を強いたつもりは無いのに自ら進んで吸い付いていたのが堪らなく可愛いと思えた。首まで登って来た時は流石に見える所は駄目だと言い聞かせれば素直に止めもした。その意味を男が理解しているかは定かだが。
誰にも縛られない、特別な存在を匂わせない、それが自分を売る商売においては暗黙のルール。故に俺自身も他人に執着をしない、特定の存在を作らないを徹底していた筈だった。好意を寄せてくる女性とは深くなる前できっちりと線を引き、遊ぶ相手とは妊娠だの結婚だのと煩く言われないように避妊も完璧を求めた。同性とも同様に俺なりの自己防衛の中で適当にやって来たと思うが、ここに来てその守りが明らかにぐらついている。
「ここで引き返すか…?」
鏡の中の自分に問い掛けても明確な答えが返ってくるわけもなく、諦めにも似た気持ちで男の待つリビングへ戻ると。遅い、料理が冷めると文句たらたらで席に促され、思わず口の端が緩んでしまう。
「何だかな、色々と意外で。面白いよな、お前って」
飽きる事無く、興味が薄れる事も無く、知れば知る程にその意外性に惹き込まれていく。もう遅いとは分かりつつもここで引き返すかまだ性懲りも無く考えてしまう。
「面白いとか、そんな評価よりも僕は目の前の食事が今は重要なんです」
どうぞ、と勧められて男に倣ってフォークとナイフを握る。ブランチにしてはプロ並みのフルコースが並び、本格的なレストランと違うのは料理が既に全て運ばれているのと、デザートが見当たらない点だけ。出来栄えもさる事ながら、どの料理からも食欲をそそる香りが立ち上っていた。
「普段からこんな?」
前菜と思しき皿を引き寄せ、円形に固められたカラフルな物体をひと掬いして口に運ぶ。口当たりが滑らかなタルタルが最初に来て、それからスモークされたサーモンの香りが鼻に抜け。お飾り程度に添えられたキャビアには若干引いたが、とても庶民の口にも合う一品に安堵をした。
男は咀嚼をして飲み込むまでの一連をじいっとあの特徴的な瞳で見つめていたが、俺の口から旨いの一言が出るなりふわりと笑みを零す。
「流石に毎日はしませんよ、気が向いたら何品も作ったりはしますけど」
そう言いながらも明らかに上機嫌なのが見て取れる。男は一見無愛想に見えるが、実は分り易くて素直だ。こんなに綺麗な料理を作るくせに食べ方は意外と豪快で、今も大口を開けてメインの肉を放り込んでいたり。お世辞にも美しい所作とは程遠く、そのアンバランスさに口の端の緩みが全然抑えられなかった。
「面白いよ、ほんとに」
どこを噛んでも旨味しか味わえない、苦しくてもうこれ以上は食べられないと言える事があれば俺はこの男から離れられるだろうか。そう思う事すら引き返せない所まで来ている証拠なのだが。
2019_08
24
(Sat)23:05

Blue Jeans #9

もしかして会わなかった期間に男の心境を劇的に変えてしまう何かがあったんだろうかと、ふわふわと地に足が着かないような不思議な心地で揺れていた。男とはそれ程長い付き合いでもないけれど、それでも常に感情の表面しか僕に見せていなかったし、楽しい事だけを追い求めていれば他はどうでもいい所があったようで。そこら辺の希薄感が僕には丁度良かった筈だった。
それがどうした事か、目の前でゆらゆらと体を揺らす男は体位も変えずにもうずっと僕の中を行ったり来たりしている。一度も達していないのは変わらずだけど、僕も変わらずに何度もイカされているのが謎だ。そんなに強く刺激を与えられている訳でもないのにとろとろに体も思考も蕩ける。
「…なんて顔してんだ?」
引き出した記憶よりも更に男の囁きが甘さを増していて、そっちこそどうなんだと言い返したいのに突き出した唇さえ溶かされてしまう。まるで蜜壷にとぷんと落ちたように、もがいてももがいても甘さしか感じないような。呼吸を求めて壷から這い出しても更に極上の甘美が待ち受けていたような、そんな甘々な男に目眩すら覚えるのに。それがまた嫌だと感じていない事に目が回る。結局男は最後の最後まで蜜壷から僕を救いはしなかった。




くわりと大きな欠伸をした、体はまあまあ怠い。ぺたぺたと素足で玄関まで行くと、探していたスマホは案の定電源まで落とされた状態で放置されていた。起動を待つ間に取り敢えずリビングのソファに寝転がってこれからの行動を考える。腹はかなり減っているし、体もさっぱりさせたい。あとは仕事の続きも気掛かりだった。ようやく起ち上がったスマホには通話を強制終了をさせられた相手から結構な件数のメッセージが届いていて思わず苦笑いをする。すぐに【無事】と、だけ返して体を起こすと男が丁度リビングに入ってくるタイミングで、その姿に眉を寄せてしまう。
「服を貸しますからそんな格好でうろうろしないで下さい」
ボクサーパンツしか身に付けていないのは単に着替えが無いからだと理解するものの、剥き出しの上半身に無数の痣が散っているのが目に痛い。雰囲気に流されたとは言え、僕も相当甘い事をしたもんだ。
着替えを渡すついでにシャワーを浴びるように促すと、男は素直にそのまま従って浴室へと消えた。何だかこう、ベッドの中とは打って変わって普通と言うのか。通常モードにシフトされた男の態度に少なくとも後ろ髪を引かれている自分に気付いて戸惑う。
「はぁ、調子が狂うな」
もしかしたら人間の三大欲求のうちの僕にとって一番重要なウェイトを占める食欲が満たされないからこうなるのだろうか。だからおかしな感情が湧くんだと、ぐちゃぐちゃと考え始めた思考も一緒くたに切り刻んでいく。
元々食べる事が好きだった。デリバリーに飽きても食への興味は尽きず、年々外出するのが億劫になっていくその葛藤の末に行き着いたのが自炊だった。しかもやり始めたら事のほか面白くて、味もさることながら見栄えも重視してしまう嵌りよう。食材もレシピもネットさえあれば手に入るこの世の中に感謝した。
「へぇ、意外だなぁ」
まだ濡らした髪をそのままに、キッチンを覗き込んだ男が作り上げていた物の出来栄えに感嘆の声を上げる。集中すると周りが見えなくなるのが僕の悪い癖だとは思うけど、普段は気にする相手も居ないのだから直す気はさらさら無い。
「髪を乾かさないんですか?」
僕が聞けば男は肩を竦めてドライヤーの場所が分からないからと言う。仕方無しに料理を中断して男にドライヤーを手渡し、浴室を出ようとした所を不意に回された腕に足が止まってしまう。
「なぁ、…あれって俺の分もあるんだよな?」
擽るような柔らかい愛撫がうなじに当てられ、腹に回されていた手でゆっくりとその下の膨らみを撫で上げられる。その指が臍まで上がるとするりと下着のゴムを擦り抜け、いつぞやのように毛の中をうねり、僕はその行方に息を詰めた。
「ん、どうなんだ…?」
際どい所を掠められてひくひくと喉が引き攣れるのに、男は肝心な箇所には触れようとしない。自分の目でも膨張具合は見て取れると言うのに。
「あ、りますっ…貴方の分も」
答えた瞬間、男の手がスッと抜かれ『続きは後でな』とだけ言われて背中を押し出されてしまう。
「やられた…」
じわじわと芯から体が熱い。
2019_08
24
(Sat)23:04

Blue Jeans #8

あの怒りのままこの家を出て行っていたならば、この関係は完全に終わっていた筈だった。予想だにしていなかった男の引き止め方が、俺の心を再び向き合う気にさせたのは確かで。口数の少ない割に時折大胆な一面を見せる男に振り回されてる感がしないでもなかったが、それをもう不快だとは感じていなく。マンションを見上げて溜め息まで吐いた感情をまたしても撤回にしている自分に口の端が緩んでいた。
ここに来るまではどんな風に焦らしてやろうかと意地の悪いプレイが思い浮かんでいたが、キスだけでもあれ程瞳を潤ませていた男をとろとろになるまで甘やかしてやったらどんな風に蕩けるだろうかと。感情の引き出し方の不器用過ぎるこの男を組み敷いて胸が高鳴っていた。
「…っ、待って、今日は僕がします」
上半身への愛撫に身を委ねていた筈の男の口からそんな呟きが飛び出したかと思いきや、無防備に晒していた付け根をいきなり掴まれて息が止まる。その隙を突くように男が体を起こし、急所を握られたままの俺は最小限の刺激で受け流すべく咄嗟にその体を抱き留めていた。
「なぁっ、…男なら分かるだろ?」
してくれるのは有難い話だがソフトに扱えと更に付け加えて言ってやれば、男は握っていた手を緩め出す。
「した事なんて、…ある訳ないよな」
思わず口からついて出た問い掛けに顔を勢いよく上げた男の表情からもその答えが読み取れるのに、敢えて確認までしてしまう俺のこの余裕の無さ。涙袋まで赤くして、そんな顔まで、もうどうしてくれようか。
「っ、やめっ…」
わしゃわしゃと髪の毛を掻き毟ってやっても構い切れない。なんて言えば説明がつくのか。男がこう、いじらしいと言うのか。その素直さが良いと言えばいいのか。
「いい、無理すんな…気持ちだけな?」
自分でも驚く程に甘ったるい声が出たなと、男のプライドに傷を付けずに諦めを諭した。
「…無理なんてしてません」
強がる割に顔を寄せればあの大きな瞳を潜ませて、従順に唇を引き結ぶ。不満さは残しつつもキスをしたいのが手に取るように分かって堪らない。可愛いなぁと、同性に対する形容詞としては不適切なその単語が自然と男に繋がった。
2019_08
24
(Sat)23:03

Blue Jeans #7

まさか帰るなんて思ってもみなかった。男の様子から腹を立てているのは分かったけれど、この場をどう切り抜ければいいのかそれが分からない。今まで人を引き止めるなんて経験もない僕にはその術が身に付いていない。だけど勝手に足は男の背中を追い掛ける。顔を見た瞬間から触れたくて触れたくて、手を伸ばせば捕まえられる距離に居た筈だった。それがまた遠ざかろうとするなんて、そんなの有り得ない。捕まえた瞬間、男からは相変わらず女の匂いがしたけれど、それに入り交じって人の肌の匂いも感じ取ったらもう駄目だった。喉から手が出る程、体が本能で欲する程、僕はこれが欲しい。
「っ、…」
男の膨らみを包んだ掌を掴み上げられ、反対の手からもスマホが消える。男の手がそれを奪った後にどうしたのかまでは知らない。もう電話の相手とは明日まで連絡がつかないのだろうと思ったけど、それもどうでもよくなる程に男の口付けにただ痺れた。あぁそうだこれも欲しかったんだと、柔らかい舌にくるまれながらうっとりと思考が溶け出していく。男にしては珍しく長いキスが終わってみれば、僕の頬にはあの綺麗な指の痕が付き、そして男のジャケットの背の部分には僕から握られた皺が波打っていた。互いに弾む呼吸の中で先に笑みを零したのは男の方が早く、続けて僕もゆらゆらと笑った。
2019_08
24
(Sat)23:00

Blue Jeans #6

相変わらず非常識な時間に掛けて寄越すもんだと一瞬眉を寄せたが、ここで出なければもう二度とこの画面に男の名前が表示されない気がして数回のコールで応えた。勿論そんな時間であれば俺はアフターの真っ最中であり、隣に居る常連客に断りを入れた上で賑わしい個室から煙草片手に抜け出す。器用に電話をしながら火をつけるのはもう手慣れたもので、久し振りの男の声を聞きながらゆっくりと肺を満たしていく。だが、半分も吸えていないというのに二言三言のやり取りだけで用件を告げて切ろうとする男に腹が立った。待たされた時間の割に男の態度があっさりしているように思えたのだ。だから俺はわざと今日は何時に行けるのか時間が読めないような空気を匂わせてからその通話を終わらせた。
「ちょっと子供じみてたか?」
胸がすくとまではいかないものの、まるで焦らしに焦らしで返すような幼い自分の言動につい自嘲気味な笑いが漏れ出る。そんな俺を個室で待たされていた客は不機嫌な顔で出迎えたが、平謝りしながらも意識は男がどんな顔をして俺を待つだろうとその事ばかりが占めていた。




ご丁寧な事にアフターが終わるまでに男はジーピーエスで自分の所在地を俺に知らせて来ていた。お陰で難なく示された住所までタクシーで乗り付けが出来、心の中で軽く舌打ちをする。一応取り付けていた約束の時間からそれ程大幅には超していないのだ。
更にタクシーを降りて男が入力したマンション名とその付近にそびえ立つ高層タワーの一致を確認するなりその高さを見上げて溜め息を吐いた。
「あいつ、いいとこの坊ちゃんだったりして」
人とのコミュニケーション能力の低さが金持ちの傲慢さから来るものなら厭味な奴だなとげんなりしたが、約束をした以上はそれを反故するのだけは俺の中で絶対に許されない行為にあたり、渋々目的を果たすべく喝を入れ直す。
男の住まいはタワーの丁度真ん中の階にあり、これ以上の階だったらどんな眺めが拝めるだろうとぼんやりと考えるうちに男の手が俺を招き入れる。お互いに違和感のある対面になるのかと思いきや、俺を家に上がらせながらも男は耳に当てたスマホの相手との会話に意識を取られているようで。適当に座ってくれと、ジェスチャーだけでやたらデカいソファに促される。
「俺帰るわ」
男にそう言い放ちすぐさま踵を返す。いくらなんだってコミュニケーション能力の低さにも程がある。俺を出張ホストかなんかだと勘違いしているなら胸糞が悪過ぎる。待たされた分だけ俺の中で期待が膨らんで、もっと良い奴なのかと勝手にそう描いていた部分もあった。結局は会えない時間が記憶を美化させていたと言うことで、けれどよくも知らない男の家なんかにのこのこと出向く自分も自分だと更に腹ただしさが募っていく。
「待って…っ」
男の声よりも早く腹に回された腕、それに引き寄せられる形で俺の意識も背後の男に向く。
「…怒らせたなら謝ります」
くぐもった熱がうなじに押し当てられ、腹を押さえていた手がその少し下をやんわりと包んだ瞬間、俺の中の何かが弾け飛んだ。